*[本]掏摸

掏摸(スリ) (河出文庫)

掏摸(スリ) (河出文庫)

  • 作者:中村 文則
  • 発売日: 2013/04/06
  • メディア: ペーパーバック
第4回大江健三郎賞の受賞作品ということで、ちょっと期待しすぎたかも
しれない。スリリングな物語だったが、もう少し続きが読みたかった。
おそらく作者もそう感じたから「王国」という続編を書いたのだろう。
こんどそれも読んでみたい。


この小説はやたらと塔が出てきて、視線を垂直方向に誘導される。
作者のあとがきでもそのことは明かされているが、何のメタファーなのかは
あいまいだ。


私のようなオタクからみれば、一介のスリと国家規模の陰謀が直接リンク
するのは、ほとんどセカイ系である。ただ、マンガやアニメのセカイ系には
ない生臭さがあって、しかも救いもない。
それを味わうのが純文学というものか。


中村文則は、現在朝日新聞で連載している「カード師」にも、簡単に人を
殺す邪悪な男を登場させている。
気分次第で人の人生を弄ぶ人間が邪悪な存在だ、ということなのだろう。


なぜか邪悪なものというと、村上春樹の「海辺のカフカ」に出てくる
ジョニー・ウォーカーを思い出す。
こちらのほうが抽象度は高いが、文学ではより邪悪なものとは何かを
探求している気さえした。


本書で気になったところを引用すると

「……他人の人生を、机の上で規定していく。他人の上にそうやって君臨する
ことは、神に似ていると思わんか。もし神がいるとしたら、この世界を最も
味わってるのは神だ。俺は多くの他人の人生を動かしながら、時々、その
人間と同化した気分になる。彼らが考え、感じたことが、自分の中に入って
くることがある。複数の人間の感情が、同時に侵入してくる状態だ。お前は、
味わったことがないからわからんだろう。あらゆる快楽の中で、これが最上の
ものだ。いいか、よく聞け」(p128)

という部分だ。


陰謀を差配している男が主人公を脅迫する場面で語られる。
お前の生殺与奪は俺が握っているぞ、ということだ。


これはまた、作家が物語を書く行為をあらわしているとも考えられる。
実在する人間か架空かの違いである。
そして読書の楽しみのひとつは、キャラクターに感情移入することだ。
それが「あらゆる快楽の中で、これが最上のもの」とは言えないが、
作家がひとつの世界を作り出しているときは、そういう快楽があるの
かもしれない。


映像化するには尺が足りないかもしれないが、これを原案にして映画や
ドラマを作ってもよさそうだ。