京都アニメーションが放火されました。

一日も早く、素晴らしい作品をうみだす場所が復活しますよう

願ってやみません。

お亡くなりになった方のご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

今回の放火事件を受けて、もうガソリンスタンドで気軽に

携行缶でガソリンを買えなくするようにできないものか。

クルマ以外に必要な人は、許可証のようなものを見せないと

買えない仕組みするべきだ。

 

いま、心が落ち着かず、何を書いたらいいのか分からない。

自分は無力だ。

 

政治的発言というのは何か? 

いまの日本では現政権の批判ということになっている。

そして作家や音楽家やマンガ家は、そういうことを言っては

ならないと圧力をかける人たちがいる。

 

本来の政治的発言というのは、文字通り政治に関する発言である。

誰が何を言おうと自由なはずだ。

 

素人は発言するなというのも間違っている。

民主主義は素人が一票を投じて成り立っているからだ。

素人の発言に間違いがあるなら、それを指摘すればいいだけである。

 

 

政権与党は批判されるべき存在である。これは自民党であろうと

民主党であろうと変わらない。

 

 

我々は江戸時代の「お上に逆らうな」という意識からいまだに

抜け出せていない。本当の江戸しぐさであろう。

 

現政権下でデフレは解消したか? 北方領土交渉はうまくいったか? 

北朝鮮拉致被害者は戻ってきたか? 年金は安心して受け取れる

しくみになったか? 実質賃金は上昇したか? 

 

彼らが6年半やってきたことを思い出して、それぞれの考えで

投票していただきたい。

 

月曜日の夕方にヤマダ電機で買った洗濯機が届いた。

前のは2006年に購入したもので、約13年動いてくれたが、

さすがにギリギリと音を立て始めたので買い替えたのだ。

 

ヤマダ電機オリジナル商品の一番安いのにしたので、

リサイクル料や配送料を含めて3万円弱で済んだ。

上蓋に、耐用年数は7年、と書いてあったので、そのぐらいで

壊れてしまうのだろう。

屋外に置いているから、もっと短いかもしれない。

 

ちなみに前の洗濯機は今はなきSANYO製で made in Japan

だった。

 

週に一度、平成元年生まれの人と会話する機会がある。

今日はたまたまオーディオの話になった。

 

我々の世代はカセットデッキでテレビ放送の音声を

スピーカーから直接録音していたものだ、と話した。

カセットテープはさすがに知っていたが、録音したのは

子供のときに一度だけだという。

 

VHSのビデオテープも、親がアニメなどを録画してくれた

のを見るので使ったことはあるが、ものごころついたとき

にはすでにDVDの時代だったので、VHSテープで録画した

ことはないらしい。

 

いまも、テレビ番組はほとんど見ないし、録画しても見たら

消すという。

 

 

これは世代によるものか個人で違うのか分からないけれど、

一般的に若い人は録画・録音欲というものが薄くなっている

気がする。

ネット上でいつでも見ることができるので、わざわざメディアに

記録する意味がないと思っているのかもしれない。

 

 

ただ、彼らもおそらくスマホに写真や動画をたくさん撮って

いるはずである。

男性はどうだか分からないが、女性はそういう傾向にあるの

ではないか。

 

つまり、何かを記録する欲望は日常的に満たされているので、

わざわざそれ以上のものを記録しなくてもいいのではないだろうか。

 

 

ガルパン最終章第2話を見に行った。

特典のフィルムは戦車だった。がっかり。

5週目というのに、20人ぐらいは入っていた。

大洗vs知波単戦は、ガルパンの戦いの中でもかなり

上位に入るベストバウトではなかろうか。

 

山下達郎が気管支炎になってライブを延期したそうだ。

四半世紀続けているラジオ「Sunday Song Book」も明日は代役を

立てて放送するらしい。

早く良くなってほしいが、いったいどういういきさつで気管支炎に

なってしまったのだろうか。

 

*[本]ブラバン

ブラバン (新潮文庫)

ブラバン (新潮文庫)

「ヒッキーヒッキーシェイク」にはピンと来なかったが、「ブラバン」は
しみじみと感動した。
私も中学から高校2年まで吹奏楽部にいたが、こんな不良っぽい感じでは
なかった。ちょっとうらやましい。


登場人物が多いので、何度も巻頭のキャラクター一覧を見返した。
作者はよくキャラクターの関係を整理できたものだ。というかそれが
できるのが作家なのか。


この小説で初めて知ったのは、広島弁で「はあ」は「もう」の意味だと
いうことだ。
「もう行ってしまった」を「はあ行ってしまった」と言うらしい。
最初は、なんでこの人たちは気の抜けたため息をつくのだろう、と
思いながら読んでいた。


地方の中堅進学校を卒業した人たちが、中年になったらどういう
人生を歩んでいるのかを描いており、たぶん普遍性のある物語なの
だろう。


自分の人生が惨めなだけに、いっそう心に染みた。