*[映画]劇場版 響け!ユーフォニアム 誓いのフィナーレ

公開二日目のレイトショーを見に行った。わりと観客が入っていたので
出足は好調ではなかろうか。


本作は先輩が卒業して二年生になった主人公たちが、吹奏楽コンクールの
全国大会を目指す話である。
新入生に翻弄されながらも、たくましく成長していく姿を描いており、
できればテレビシリーズでじっくりとやってほしかった。


また、本作の原作小説からスピンオフされた映画「リズと青い鳥」で
語られたエピソードはほぼカットされているので、もう一度見たく
なってしまった。



「誓いのフィナーレ」は、実にオーソドックスな作品だった。
原作小説からきちんと物語をすくい取って、きちんとアニメーションに
している、という感じだ。そしてちゃんと面白い。


作中で、ずぶ濡れになりながら雨の中で感情を爆発させる、という
シーンがある。もう、日本映画の王道のシチュエーションだ。
だが、そこを真正面からじっくりととらえているので、観客の胸に
迫る名場面になっている。


見終わったら、いかに「リズと青い鳥」がアクロバティックな映画
だったかが分かった。



たしかまだ原作小説は主人公が部長になってからの話は書かれて
いなかったと思う。
久美子が率いる最強の北宇治高校吹奏楽部が全国制覇を成し遂げる
ところを見てみたい。
楽しみにしている。

愛媛県が「まじめえひめ」というキャンペーンを始めた。

進撃の巨人を使った宣伝もしている。


進撃の巨人×まじめえひめ コラボスライドムービー

正直、あんまり面白くない。むしろ、よく許諾できたな、という感じ。

 

たしかに愛媛県の人はまじめな人が多い。公務員に向いているような

イメージだろうか。

それは、ふざけた人の芽をつんでいる、ということでもある。

まあ、愛媛に限らず田舎はたいていそうで、若者はそういう同調圧力

耐えられなくなって都会に出ていくのだけれど。

 

ちなみにまじめな人ばかりではなく、ちゃんとDQNもいる。

夜中に遠くで暴走族の音がすることもある。

 

私の印象では、愛媛県はまじめというか、偏差値50の人という印象だ。

可もなく不可もなく、目立たずにフツーでいいや、という人が多い

気がする。

 

 

来月初旬にフライブルク通りにある宮脇書店が閉店になる。

香川県に本社がある書店で、品揃えがそこそこ良かった。偏差値55

ぐらいだったろうか。

 

愛媛県に本社がある明屋書店の品揃えは、ちょうど偏差値50の人

向けだ。商売なので間違ってはいないが、ちょっとした本を求めると

ジュンク堂に行くしかない。面倒だとネットだ。

 

もはや書店は生き残れるかどうか、というビジネスになってきている

かもしれないが、魅力的な品揃えの書店は文化のバロメーターだと

思う。

 

残念ながら愛媛県は厳しい状況にあると思う。

*[本]平成最後のアニメ論

深夜アニメの背後にある思想や科学技術を掘り起こして解説した本で
三部作の最後でもある。10年代アニメの集大成と言えるかもしれない。


この本で主に解説されている深夜アニメで、私がピンとこなかったのは
鬼灯の冷徹」だけだった。
本書の分類に従うなら、この作品は関係性消費のアニメにあたる。
世代的に私は物語消費にどっぷり漬かってきたので、いまひとつ
面白さが理解できなかった。
もしかしたら腐女子向けだったのだろうか。


ひとつだけ文句をつけるならば、なぜ「宇宙よりも遠い場所」が
入っていなかったのか、ということだ。
10年代の深夜アニメを語るのに、この作品を抜かすのは片手落ち
であろう。


もし次の新書があるなら、「けものフレンズ2」と「ケムリクサ」
についても深掘りしていただきたい。

ノートルダム大聖堂の火災は、日本でいうなら法隆寺とか金閣寺

焼け落ちたようなものだろう。フランス人にとって大きな喪失感が

あることは想像できる。気の毒なことだと思うし、時間をかけて

再建できたらいいなと思っている。

 

 

その気持はちょっと脇に置いて、思考実験をしたい。

今回のノートルダム大聖堂の火災を、イスラム教徒はどう見ている

のだろうか。

穏健な人々は共感して哀悼の意を表していると思う。

だが、フランスに恨みのある人々はどうなのだろう。

 

 

もし、過激なイスラム教徒の発行する新聞に、キリスト教徒に

罰が当たったのだ、ざまぁみろ、という風刺画が掲載されたとする。

そのことに怒り狂った極右のフランス人が、新聞の編集部を襲撃して

編集者を殺したとしたら、どうなるだろうか。

フランス人は言論の自由を訴えてデモをするのかどうか。

 

 

上記の私の妄想の立場を入れ替えたのが、シャルリー・エブド襲撃

事件である。

フランスでは政治家も参加した大規模なデモが行われた。

ノートルダム大聖堂の悲劇をからかうような表現があったとしても、

やはり言論の自由を守ると断言するだろうか。

私は怪しいものだと思っている。

 

ふと「けものフレンズ」1期の11話12話をBDで見直した。

けものフレンズ2」を見たあとだと、もう彼らの冒険は

二度と見られないと思って号泣した。

 

オフィシャルガイドブック6巻には吉崎観音のインタビューが

掲載されている。

その中で彼はこんなことを言っていた。

 最も大事なことは「リンク」を作ることなんです。見てくれる人

とのリンク。これはものすごく繊細なもので、ほんのわずかなさじ

加減で台無しになるんです。描かれた場所や物体、思想、言動、

情報……リンクの構築は、放送が始まる前からもう始まっていて、

ものすごく薄氷の上を進むように積み上げないといけない。

 この言葉どおり、「けものフレンズ2」は台無しになってしまった。

 

多くのアニメは、彼の言う「リンク」を作れずに失敗してしまう。

けものフレンズ2」は、前作で視聴者とのリンクができていたのに、

ずたずたに切り裂いてしまった。そこが罪深いのである。

 

進撃の巨人」28巻とか「人形の国」4巻を読んだ。

月刊誌に連載しているので、単行本は半年に1回のスパンで出る。

連載中は読んでいないので、内容をほぼ忘れている。

なので、その前の巻から読み直すのだが、さらに忘れているので

さかのぼる。

結局「人形の国」は最初から読み直した。すごく面白かったが、

半年後に憶えている自信がない。

NHKで放送していたアニメ「ピアノの森」を一応完走した。

ショパンコンクールに挑む若者たちの物語で、クラシック音楽

疎いので、ピアノの演奏の良し悪しがよく分からなかったが、

物語はとてもよかった。

しかしなぜ2期から山賀博之が監督になったのだろうか?