Boaz2014-01-13

私は、モノのかたちが分からない人である。


例えばクルマが好きな人だったら、かたちを見てきちんと区別できるし、
頭の中でディティールを思い浮かべることができるだろう。
クルマを戦車や飛行機や銃に置き換えても同じである。


これらのモノは、全く興味のない人にとっては、どれも同じように見える。
よほど奇抜なかたちでない限り、記憶に残ることはない。
しかも、残ったとしてもその記憶は曖昧である。


たぶん、ある程度の訓練でかたちを把握することは可能だろう。
けれども、子供のころから好きで憶えている人とは比べ物にならない。
私はモノのかたちが分かる人がうらやましい。



モノのかたちを把握できる人にブレない美意識があれば、その良し悪しを
判断することができる。
それを職業にしているのがデザイナーである。


デザイナーは、素人にも分かるような良いかたちを作らなければならない。
しかし、そこには矛盾があって、そもそもモノのかたちが分からない人に
デザインの良し悪しが判断できるかというと、難しい。


それでも、不思議なことに良いデザインは大衆に支持されることが多い。
発表当時はバッシングされても、時が経てば評価されるものもある。



日本の工業製品のデザインがいまひとつなのは、裾野が狭いからだろう。
良し悪しの判断を個人のセンスの有無にすり替えているから、全体の質が
ダサくなってしまうのではないだろうか。


あるいは、機能を優先しすぎるために、デザインが犠牲になっているの
かもしれない。
もっとも、兵器は機能を突き詰めた結果、優れたかたちになっているもの
が多いから、工業製品の場合は機能もデザインも中途半端になっているの
かも。
(どれだけコストをかけられるか、という問題でもあるけれど)


できれば、教育を通じて、かたちの良し悪しを判断できるようにすべきだ。
そうすれば、デザインの質が向上すると思う。