Claude L醇Pvi-Strauss est mort

20世紀の碩学クロード・レヴィ=ストロースが亡くなったそうです。
合掌。
それにしても100歳とは長生きしたものです。


私のように生まれたのが無意味な人間もいれば、彼のように人類の
知に貢献した人間もいる。
偉い人が亡くなると、はたして自分はこの世で何を残せたのだろう
か、と虚しくなります。


【追記】
内田樹のブログに書いてあった話が面白かったのでコピペしておきます。

ボーヴォワールメルロー=ポンティとレヴィ=ストロースはアグレガシオン
(哲学教授試験)の同期だった(サルトルは一回落ちたので、一年後輩)。


「アグレガシオンの同期」というのがどういう感じなのか私には想像もつかな
いけれど、お互いにどの程度の知的ポテンシャルをもった人間であるかについ
ては、おそらくきわめて正確な相互評価をしていたはずである。


その試験のとき、私の想像では、ボーヴォワールメルロー=ポンティとサル
トルは「つるんで」いた。
試験のあいまに近くのカフェでちょっと休憩とかしているときに、「はは、楽勝
だったねえ、さっきの試験」「オレ、時間あまっちゃったから、裏まで書いちゃっ
たよ」などと声高に語って、まわりの受験生たちを怯えさせていた(そんなに
せこくないか)。


でも、パリ大学出(ということは二流大学出ということである)レヴィ=ストロ
ースはこのエコール・ノルマル組からある種の「排他性」と「威圧感」を感じた
はずである。


たぶん「世界でいちばん頭がいいのって、やっぱオレだろう」という自負をもって
いたレヴィ=ストロース青年にとって、パリのブルジョワ的な鷹揚さは許しがたい
ものに映ったのである。


片隅でまずいコーヒーを啜りながら、レヴィ=ストロース青年は「お前ら、いまの
うちにたっぷり笑っとけや。いつかその坊っちゃん嬢ちゃん面に泣きみせたるわ」
と思ったのである(全部、私の想像ですけど)。


そんな気がする。


とにかく、アグレガシオンの試験が1930年前後で、レヴィ=ストロースサルトル
の世界的覇権に引導を渡したのが1962年『野生の思考』においてのことであったか
ら、ざっと30年かけて、レヴィ=ストロースは「そのとき」の試験会場で高笑いして
いたパリのブルジョワ秀才たちに壮絶な報復を果たしたのであった。


すごい話である。