ユリイカ 週刊少年サンデーの時代

アメトーーク!」で“どうした品川!?”という回があったが、この特集は
インテリ層からの“どうした少年サンデー!?”である。


少年サンデーは、主な読者が都市部の進学校の文化系男子の雑誌である。
少なくとも80年代後半の全盛期はそうだった。
それはあだち充高橋留美子の時代だった。



高橋留美子は、現在の全てのラノベの母である。
(ついでに言うなら、筒井康隆ラノベの祖父であろう)
90年代以降の少年サンデーは、高橋留美子が生み出したフォーマットを
活かすことなく、他誌に拡散させてしまった。
本誌の中でマンガ評論家伊藤剛の言葉で「サンデーが90年代から取りこぼして
きた富」と表現されている(p183)


その原因を評論家さわやかは、編集長の交代の多さに関連付けて語っている。
私も、小学館の人事異動は本当に会社の利益を上げているのか疑問だ。
しかも雷句誠などの告発によって、編集者の劣化も明らかになった。
ライターの飯田一史はこう書いている(p197)

 いずれにしても雰囲気が変わってきたのは、2000年代なかば以降だと思う。まさに
ゲーム的な感性によるファンタジーマンガを中軸にするスクウェアエニックスから
小学館に転職してきた編集者・石橋和章が、エロゲ批評サイトを運営していた
若木民喜と組んで『神のみぞ知るセカイ』を立ち上げ、久米田康治のアシスタント出身で
富士見ファンタジア文庫ライトノベルを投稿した黒歴史を持つ畑健二郎がオタネタ
だらけのラブコメハヤテのごとく!』を始めた。石橋はヤングガンガンデビューの
大高忍を引き抜き『マギ』を立ち上げ、さらにはガンガンの、というよりスクエニ
マンガの象徴とも言える『鋼の錬金術師』を描いた荒川弘までがサンデーで連載するに
至り(荒川の担当は石橋ではなく坪内崇)、サンデーは練馬/西武線感を比較的後退
させ、第三世代以降のオタ文化−スクエニ/エロゲ育ちの感性が表紙にも躍り出る
漫画誌に転身したのである。

いったい石橋和章以外の編集者は何をやっていたんだろう? 
なんというか、製造業なのに技術畑出身の社長ではなく、マーケティング担当の人が
社長になって赤字になった会社を思わせる。



全くの憶測だが、部数を伸ばしたコロコロコミックの手法を少年サンデーに持ち込んで
失敗している感じがする。コロコロは、あくまでもマーケティングが主で、マンガは
従である。だがそれは読者が小学生だから通用する手だろう。



現在の低迷にかかわらず、私はそれでも少年サンデーを毎週買っている。
うる星やつら」がテレビアニメ化されたころから買って、大学生のころはサンデー
編集部でバイトもしている。一時的に遅れた高二病を発症し購入を中断した時期も
あったが、30年間ずっと買い続けている。


おそらく思春期にサンデー的なものを刷り込まれてしまったからだろう。
そして、全盛期を再び取り戻すと、どこかで信じているからだろう。


劣化した編集者は、定年までずっと居座るだろうから、すぐに業績が回復するとは
思えない。
採用方法を見なおして、本当に有能な人を入れて育てていくしかない。


再び少年サンデーの時代が来ることを私は待っている。