Boaz2013-12-20

何年後か知らないが、中学生の英語の授業を英語でやることになる
らしい。


田舎のフツーの中学生に英語を教えた経験から言うと、授業について
いける生徒は20%を切るだろう。
それ以外の生徒は、授業中に騒ぐか、全く理解できず、むしろ従来の
日本語で教える場合よりも英語力が落ちる。
ゆとり教育どころではなくなるだろう。


なぜか? 
当たり前だが、外国語を学ぶのに母語を使う方が楽だからだ。


文科省の官僚どもは、シンガポールなどの例を引いて、大人になって
使える英語ができるようになる、と言うだろう。
が、それは錯覚である。


ああいうガリ勉国家の一部の人間は特殊な例であって、人口が違う
日本に当てはめるのは無理がある。
その証拠に、シンガポールの文化で何か目立ったものがあるだろうか。
日本の音楽やマンガのようなものが。


誰かがつぶやいていたが、こういう無茶なことを命令するのは戦時中の
官僚と全く変わりがない。
ガダルカナルインパールの現場はどうだったのか、私が言うまでも
ないだろう。


英語の授業についていけない80%以上の生徒たちは、進学につまずき、
格差を受け入れざるを得なくなり、貧困層になるだろう。
穿った見方をするなら、中間層を削り、奴隷を生み出す方法なのかも
しれない。経団連は大喜びだ。


が、長期的にみれば、社会保障費が増え、抑制したとしても治安が悪化
するはずだ。税収も下がる。つまり亡国の第一歩を踏み出すことになる。
官僚が何のためにそんなことをするのか、さっぱり分からない。


語学はスポーツと同じぐらいの価値しかない。
野球やサッカーが上手なのはいいことだけれど、プロになれるのはごく
一部だし、頭がいいとも思われない。英語も同じである。
好きな人が趣味でやればいいのだ。


文科省が中学生たちに言うべきことは、英語なんてできなくてもかまわ
ないんだよ、である。