家庭の中の音楽

さぬきみちるさんのブログで面白いことが書いてあったから、これを
お題に一席うかがわせてもらう。


ブログによれば、音楽や匂いは公的な空間を侵食するものだから、複
数の人間が生活する家庭ではなじまないものではないか、という。
なるほど。


歴史的に、ふつうの家庭で音楽が聴かれるようになったのはいつごろ
からだろうか。
労働歌を音楽に含めて良いのなら、それこそ大昔からあっただろう。


江戸時代は義太夫浄瑠璃などを習う人もいたので、落語の「寝床」の
ような噺もできたのだと思う。
ジャイアンのリサイタルの元ネタですね)


西洋だと、貴族は音楽家を家に呼んで演奏させていたし、教会では讃
美歌を唄っていたであろうけれども、詳しいことは知らない。


近代になると、レコードやラジオの普及によって、お茶の間でプロの
楽家の演奏が気軽に聴けるようになる。


日本の場合は、住宅の広さの関係で、家族全員が同じものを聴くのが
当たり前だったのではないかと思われる。
また、家父長制度が大きかったので、父親の好みが家族に強制されて
いたのかもしれない。


つまり、戦前ぐらいまでは、音楽はプライベートなものではなく、半
ば公共的なものだったのではなかろうか。
だから、NHKの朝ドラか何かで、若い娘がジャズを聴くのははしたない、
みたいな描写があったので、家庭で個人が好きな音楽を聴くことは難し
かったのだろう。


戦後は、ジャズやロカビリーやロックなど、カウンターカルチャー
怒涛のように押し寄せてきて、若者たちは「外に」音楽を聴きに行った。
1960〜70年代にジャズ喫茶が流行したのは、大音量で音楽を聴く空間
が一般家庭にはなかったからである。


1970年代後半に入ると、家電ではラジカセが普及し、子供部屋がある
のが普通になった。まだソフトを買うにはお金がなかったので、ラジ
オの番組をカセットテープで録音して聴くという文化が発達した。


この時点で、空間的にもオーディオ的にも、音楽がプライベートな方
向に進んでいったのは間違いない。
この流れの先にウォークマンがあり iPod がある。


(もうひとつのポイントはカーステレオである。
米国のポップミュージックはカーステレオのためにあったといっても
いい時期があるはずで、日本でもJ-WAVE的な放送局が登場するまでは
カセットテープに編集した音楽を入れて聴いていたものだ。
このプライベートな空間については、話がそれるのでここでやめる)


ただ、一方ではテレビの歌謡曲というものが大人気だったことも事実
だ。家族みんなが知っている歌があった時代を、オッサンだった私は
知っている。


おそらく、お茶の間というパブリックな空間で、音楽というプライベ
ートなものが束の間むすびあわさったのが歌謡曲ではないだろうか。
私はそういう時代を幸せだと思う。


いまや完全に個人ベースになってしまった音楽だけに、同じものが
好きだ、という人と巡り合わなければ、なかなか共同生活は難しい
だろう。


山下達郎のラジオを聴くと、夫婦で達郎の曲を聴いてます、という
ハガキが多いので、幸せなのだろうな、と思う。



以下、余談。
公共の空間でプライベートなことをされると、なんか腹が立つ。
電車の中で化粧する女とか、合コンでひたすらケータイに没頭する
女とか、道いっぱいに広がって歩いている女とか。
「アカン嫁」はこれと同じことですな。