恍惚の人

今日は椿事があったので報告したいです。


午後6時半ごろ休憩をとっていると、塾の入り口に40半ばのオバサンが駆け込んできた。
「ちょっといいですか!?」
と慌てている。
「ど、どうしたんですか?」
と私。


話を聞くと、道路にお婆さんが倒れており、頬をすりむいでいるらしい。
そのお婆さんは、倒れたショックで興奮しているらしく、話を聞いても要領を得ないという。
道の端に座らせたものの、どうしたらいいのか分からなくて、手近に灯りがついている
うちの塾に飛び込んだのだそうだ。


外へ出てみると、なるほどお婆さんが震えながら座っている。
救急車を呼ぶほどではないが、放っておくわけにもいかない。
ゆっくりとお婆さんの話を聞くと、土手の方にある家に帰る途中だった、という。
どこから来たのか、と訊ねたら、この近所のPさんのところだと答えた。


すると、お婆さんを発見したオバサンが、Pさんのところなら知っている、というので、
とりあえず行ってもらうことにした。
その間、私がお婆さんを見ていることになった。


5分ぐらいしても、オバサンは戻って来ない。
しびれをきらしたお婆さんは、息子のところへ帰ると言いはじめた。
息子ってどこにいるんですか、と訊ねたら、Pさんのところが息子の家だという。


じゃあ、そこに行きましょうということになって、私はお婆さんの手を取って支えなが
ら歩き始めた。
お婆さんの歩みは遅く、すり足で歩く。よくこんな歩き方で外へ出かけられたものだ。


途中でお婆さんの息が切れそうになって休憩し、はげましながら進んでいると、お婆さ
んを発見したオバサンが前から歩いてきた。
どうやらPさんのところは留守らしい。


ただ、ここまで歩いてきてしまったのだし、とにかくPさんの家の玄関までお婆さんを
運ぶことにした。


Pさんの家までたどり着いて、玄関の呼び鈴を鳴らすものの、誰も出ない。
そして、お婆さんは他の人に連絡できるようなものを何も持っていない。
このまま立っているのも辛そうなので、塾から余っている椅子を持ってくることにした。
塾に椅子を取りに行っている間、お婆さんをオバサンに見ていてもらうことにして、私
ダッシュで塾へ戻った。


椅子を取ってきてお婆さんを座らせ、さて警察に連絡して民生委員の人でも呼ぼうか、と
相談していると、Pさんの家の人が戻ってきた。
どうやらお婆さんを探しに行っていたらしい。


どうやら、お婆さんは認知症だったらしく、土手の方には家なんてなかったのだ。
一応、私たちとは会話ができていたから、それほど深刻な程度ではないような気もする
が、こうして大寒の日に徘徊するようなので、かなりひどいのかもしれない。


だったら、お婆さんに携帯の連絡先なり、緊急時に役立つものを持たせておくべきだろう。
もし、あのままオバサンに発見されなかったら、この寒さでどうかなっていたかもしれな
いし。


まあ、そんなことを面と向かって言うわけにもいかず、私とオバサンは、お婆さんを引き
渡した後で、そそくさとPさん宅を後にしたのだった。


それにしても、杖も持たず、この寒さの中、あのお婆さんを外に出かけさせたものは何だ
ったのだろう? ボケというのは、その裏側にすさまじい執念を秘めているのかもしれな
い。


痴呆症といえば、有吉佐和子の「恍惚の人」である。私は映画化されたものを見た。
かなり凄まじい内容で、ボケ老人を演じた森繁久彌が、自分のウンコを投げつけるのである。

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あまりお薦めできる映画ではないけれど、興味のある方はどうぞ。