イギーの死について

きのう見た「父親たちの星条旗」で気になったことがあったので、それについて書きたい。
映画のネタバレにはなるかもしれないので、もし一切内容を知りたくないという方がいれば、
読まないで下さい。


父親たちの星条旗」は、主に衛生兵のジョン・“ドク”・ブラッドリーの視点で描かれている。
硫黄島での戦いでは、あちこちで負傷者が発生するため、衛生兵はてんてこ舞いである。
ジョンも「Corpsman!」(衛生兵!)と叫ばれると、そこへ飛んでいかねばならない。


ある場面で、イギーという愛称の若い兵士を置いて、ジョンは負傷した兵士のところへ行く。
手当てをして戻ってみると、イギーはいない。
ふらっとどこかに行けるような現場ではないのに。


ジョンは手がかりを探してタコツボ(敵の銃弾を防ぐために掘った浅い穴)を調べると、底が地下壕に
つながっていた。どうやらイギーは日本兵に連れ去られたらしい。


Wikipedia で「硫黄島の戦い」の項を見ると、激戦が予想されたために、日本軍は大規模な地下壕と
トンネルを掘って、上空からの爆撃に備えたとある。
いわば、全島を一個の要塞としようと工事をしていたのだが、トンネルが全通する前に米軍に上陸
されたようだ。


映画では、イギーが遺体で発見された場面が出てくるが、拷問されてひどい状態であることが暗示
されるだけで、具体的な描写は抑制されている。
私は、監督の美意識を高く評価するのだが、ちょっと気になって調べてみた。


またまた Wikipedia の“Ralph Ignatowski”の項を調べると、日本兵によってかなり残酷なことが
行われたことが書かれている。
両腕が骨折、両目をえぐられ耳を削がれていた、ということだ。


ところが、映画で主人公になった衛生兵の“John Bradley (Iwo Jima)”の項を見ると、もっと残虐
な殺され方になっている。

Ignatowski was captured, dragged into a tunnel by Japanese soldiers during the battle, and was later found with his eyes, ears, and fingernails removed, his teeth smashed, the back of his head caved in, multiple bayonet wounds to the abdomen, and his severed genitalia stuffed into his mouth.


【私訳】
イグナトウスキは捕らえられ、戦闘中の日本兵によってトンネルに引きずり込まれた。その後、彼は
両目をえぐられ、両耳を削がれ、指の爪を剥がされ、歯を砕かれ、後頭部を陥没させられ、腹部に
多数の銃剣で突かれた傷を負い、性器を切り取られて口に入れられた姿で発見された。


もしかしたら、大げさな伝聞が事実のように語られていたのかもしれないが、それでも日本軍が
拷問して殺したことは確かなことである。
わざわざ映画でイギーを描くということは、俺たちは忘れてないよ、という米国人のメッセージが
込められているのだろう。


確かに、日本軍は米国人や中国人を殺した。
その一方で、米軍も中国軍も日本人を殺した。
これらは事実であるけれども、それをお互いに目の前で突きつけあっても建設的ではない。


クリント・イーストウッド監督は、日本人がいかに残虐であったか、ということを伝えるために
映画を製作したわけではないと思う。
そういう気持ちをすべて飲み込んで、一切を語らずに亡くなった軍人たちを静かに描くことによって
人間の尊厳を浮かび上がらせているのだろう。


翻って、日本のフィルムメーカーたちはどうだろうか? 
今村昌平の「黒い雨」とか黒木和雄の「父と暮らせば」が思い浮かぶのだけれど、日米とも若手の
監督では扱えないテーマなのかもしれない。


まあ、いかに日本が戦争をテーマにした傑作映画を作ったとしても、米国では外国の映画なんて
インテリしか見ないから、どうしようもないんだけど。


本文と写真はまったく関係ありません