今日の「アメトーーク!」は福本伸行のマンガが好きな芸人の回だった。
私は「カイジ」をななめ読みしたぐらいで、単行本も持っていないけれど、
福本伸行のマンガ力が傑出していることは分かる。
一見、かなり下手に見える絵なので、読者は戸惑うかもしれない。
しかし、物語に引き込まれると、どんどん先を読みたくなる。正確なデッ
サンなどどうでもよくなるのである。
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ただ、私はギャンブルに興味がない。
あれは人間を狂わせるものだからである。
というのも、ギャンブルの本質は酩酊感だからだ。
偶然に自分の運命を委ねるドキドキ感とでも言おうか、ほとんど自殺行為
にも等しいと思っている。
なので、最初は金儲けのつもりで始めても、だんだん深みにはまっていく。
無意識にせよ、最終的には自分の命を賭けたくなるからだ。
おそらくそんな極限状態を脳が記憶していて、やめようと思ってもやめら
れないのだろう。
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ギャンブラーにとって、ゲームはどんなものでもいい。
例えば交差点に立っていて、次に来る赤いクルマのナンバーが偶数か奇数か
を当てるゲームをする。
この掛け金が100円だったら、気軽にできるだろう。
では、外れたら死ぬ、となったらどうか。
偶数か奇数かを当てられなければ死ぬのである。
ギャンブラーは、このときの酩酊感を求めている。
だから、ロシアンルーレットは非常によくできた賭け事なのである。
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その話をカジノまで広げると、カジノ推進論者たちがいかに狂っているかが
分かる。
彼らは、大人のスマートな社交場をイメージしているかもしれないが、そん
なものは幻想である。
必ずヤクザと麻薬と売春婦がセットになって付いてくる。
いまでもそれらをコントロールできていないのに、カジノを作ってもっと
肥え太らせようとしているのは何故なのか?
ヒントを出さなくても分かる話である。
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ところで、「カイジ」には、借金を背負った人たちが必死になっている様を
見物して楽しむ金持ちが出てくる。
彼らはそういうアトラクションを見ないと退屈してしまうらしい。
もっと有意義な趣味でも持てばいいのに、あまり金の使い方を知らない
成金のようだ。
福本伸行は、貧乏人も金持ちも、ギャンブルに婬している人間は同じ
ではないか、というメッセージを伝えているように思える。