青ひげ

青ひげ (ハヤカワ文庫SF)

青ひげ (ハヤカワ文庫SF)

今年のノーベル文学賞は、トルコのオルハン・パムクという人が受賞した、という
ことを3日ぐらい前に知った。
村上春樹は受賞できなかった。残念。


新聞に本人の経歴が紹介されており、トルコでアルメニア人の虐殺を認めたことで
国家侮辱罪に問われたことがある、と書いてあった。
この問題については全く詳しくないので、いろんな立場があるのだろうな、とは
思うのだが、アルメニアという国で思い出したのが、カート・ヴォネガットの小説
「青ひげ」である。


この作品は、架空の抽象画家ラボー・カラベキアンという人物の自伝、という形を
とっている。
カラベキアンはアルメニア移民の子供で米国人だ。
彼の父は少年時代、トルコ人が皆殺しに来たとき、学校の肥溜めに隠れて命拾いを
した。彼の母は少女時代、虐殺された人の横で死んだふりをして殺されずにすんだ、
とある。


トルコ人アルメニア人虐殺について語るのと、米国人が同様のことを語るのでは
インパクトが違うかもしれないが、ヴォネガットは1987年にこの作品を発表して
おり、今回のノーベル文学賞について何らかの引用があってもよさそうなのだが、
スルーされているみたいだ。


タイトルの「青ひげ」について、ヴォネガットは作中でこのように書いている。

さて---青ひげは古いおとぎばなしに出てくる架空の人物だ。おそらく大昔の残酷な
貴族の所業をいくらか土台にしているのだろう。その物語の中では、青ひげは何度も
結婚を重ねている。ウン十回目の結婚で、青ひげは新しい幼な妻を城に連れもどる。
そして、新しい妻に、どの部屋にはいってもいいが、この部屋だけはだめだと告げ
その部屋の戸口を見せる。


 青ひげは心理学者として落第だったのか、優秀だったのか、よくわからない。新し
い妻は、その戸口のむこうになにがあるのかと、そればかり考えるようになってしま
う。彼女は夫の留守を見はからって中をのぞこうとするが、どっこい、夫は城にいた。


 青ひげは、新しい妻がその部屋で先妻たちの死体を前にびっくり仰天しているとこ
ろをつかまえる。最初の妻だけは別だが、ドアの奥をのぞいたという理由で、青ひげ
は妻たちをつぎつぎに殺していたのだ。最初の妻が殺されたのは、なにかべつの理由
である。


カラベキアンは金持ちであり、亡くなった二番目の妻の遺産のおかげで大邸宅に
住んでいる。
その広大な敷地のはずれに、じゃがいも貯蔵用の巨大な納屋があるのだが、妻が
亡くなってからは誰にもその中を見せたことはない。


物語は、自分がどのようにして画家からコレクターになったか、という話と、
訪ねてきた女性が、その納屋には何があるのか、と質問する話が交錯して進む。
カラベキアンは、はぐらかし続けるのだが、最後には何かが分かるようになって
いる。読んでみてのお楽しみ。


第二次大戦に従軍中、ドレスデンの空襲に遭い、九死に一生を得たヴォネガットは、
誰よりも平和を願った人だったと思う。
この作品のアルメニア人虐殺もそうだが、ビアフラという国がナイジェリアに呑み
こまれるまでをレポートしたこともあった。
チョムスキーほどではないにせよ、米国のリベラル思想を代表する作家である。
「タイムクェイク」を最後に小説からは引退してしまったが、いまの米国について
何を思うのか聴いてみたい。


本文と写真はまったく関係ありません