偉い人が何世紀も前に考えたであろうことを書く。
ふつうの人は政治家になろうと思わない。
あれは特別な人がやるものだと考えている。
なので、いまの国会議員には二世、三世の議員が多い。
では、政治家になりたいと思う人はどういうキャラクターかというと、権力を手に入れたい人で
あろう。
権力を手に入れて何をしたいかといえば、他人を思いどおりに動かしたいのである。
誰でも、他人が自分の思いどおりに動いてくれたら、これほど気持ちのいいことはないだろう。
ただ、ふつうの人はそれに伴う責任を思い浮かべて、権力を手に入れることを躊躇すると思う。
あるいは、単に面倒くさいとか、どうやって手に入れたらいいか分からない人もいるはずだ。
政治家になろうとする人は、この権力志向が常人の何倍も強い。
だからこそ、あらゆる困難にも負けずに選挙で戦うのだ。
しかし、権力好きな人が政治家としての能力を持っているか、リーダーシップがあるかどうかは
別の問題だ。その部分を有権者が見抜いているかどうかは、ちょっと微妙だと思う。
そうすると、議会には権力を手中にしたいと思う特殊な人ばかりが集まることになる。
立法府でありながら、官僚に法律を作らせて、もっぱら党の中の権力闘争に夢中になっているの
も自然なことだ。
本職の議員に限らず、いろんな組織でも政治好きな人はいる。
社内の派閥の話を嬉しそうに話す人を、一人ぐらいは思い出せるのではなかろうか。
そういう人に限って仕事ができない、というのは私の言いすぎか。
こうして、政治というか人事に夢中になれる人とそうでない人では、明らかに前者の方が権力に
近づいていく。だからときどき、なんでこんな地位にこのオッサンがいるの? という珍現象が
起きるのである。
‥‥だから何なのか?
話の出口が見つからなくなってしまったが、政治家になりそうな人は権力が好きであるというこ
と、官僚から政治家になる人はそのあたりが屈折しているのではないか、というような結論に持
っていきたかった。
自分の不得意な話はするもんじゃないです。