逆立ち日本論

逆立ち日本論 (新潮選書)

逆立ち日本論 (新潮選書)

おっ、面白そう、と思って買ったのだが、あまり話がかみ合っていない対談だった。
なんか内田樹ばっかり喋ってるなぁ、と思っていたが、どこかで本人が、自分ばかり喋って
いるようになっているのは、養老先生の発言が毒を持ち過ぎており削除せざるを得なかった
ためである、と書いていた。なるほど。


以下、面白かったところをピックアップする。


ユダヤ教では偶像を作ることを禁止されている、という話が出て、そうすると空間芸術はほ
とんどダメになる。
それでユダヤ人には音楽家が多いのか、と合点がいった。
たしかホロビッツが言ったんだったか、『ピアニストには三種類しかいない。ホモかユダヤ
か下手くそだ』という言葉があるが、時間芸術に強いのがユダヤ人というわけだ。

養老 音楽家シャガールを好きな人が多いのはそういうことでしょうか。
内田 シャガールというのはユダヤ人でほとんど唯一の例外じゃないんでしょうか。「ユダ
   ヤ人画家」というのは本来、形容矛盾なんです。ユダヤ人には伝統的に音楽や舞踏の
   ような時間性を含んだ芸術表現以外は許されていないはずですから。シャガールがそ
   れでもユダヤ人世界で許容されたのは、それが聴覚的な、あるいは時間性をどこかに
   とどめた絵画だからではないでしょうか。たぶん、シャガールの絵からは音楽が聞こ
   えるのです。
養老 そうでなかったら、時間が流れるのですね。
   例えば「彫刻は凍った時間だ」ともいいます。視覚のほうから時間を構成していくこ
   とはできる。彫刻というのは、確かに一目では見えないものです。
内田 ユダヤ人彫刻家というのがいるのかどうか、寡聞にして知りませんけれど、映画はオ
   ッケーなんですよね、ユダヤ的基準からは。映画とか演劇とかダンスとかは視覚芸術
   だけれど、時間性があるから大丈夫なんです。二十世紀になってユダヤ人が映画産業
   に雪崩を打つように参入してくるのは、伝統的な産業には人種障壁があってユダヤ
   が参入できなかったということもあるんですけれど、映画の発明のおかげで二千年ぶ
   りに大手を振って空間的な表象形式で芸術作品を作ることができるようになった解放
   感も関係しているかも知れません。
   なにしろハリウッドのメジャー八社のうち七社までがユダヤ人が作った会社なんです
   から。


この後、ユダヤ人で視覚障害聴覚障害のある人はどういう位置づけにあるの? と養老孟
司が問いかけて、内田樹が困るところが面白かった。でも、本当にどうなんだろう。


鎖国についての話もあった。

内田 江戸時代に日本は長く鎖国をしていましたけれど、それが日本の国際性を損なったと
   いうほど話は簡単じゃないと思うんです。日本が鎖国しているときには、朝鮮も清朝
   も鎖国をしていますから。東アジア「鎖国圏」が成立していたわけで、これはかなり
   国際的なシフトでしょう。
養老 鎖国というのは非常に発達した制度だったと思います。情報処理の限界があったので
   はないでしょうか。つまり、情報処理のために決められた制度ではないかと思うのです。
   というのは、当時は情報が入ってきても処理能力がありませんでした。新しい情報が
   入ってきているのに政府が処理できないとなると、それは政府の欠陥になってしまい
   ます。そうならないためには、情報を制限するのがいちばん安定してよいわけです。
   (中略)
   歴史を考えてみると、中国が大きくなっていくと日本は鎖国しますね。遣隋使や遣唐
   使も、唐が盛んになって大きくなっていくとやめてしまう。あんなに大きくなったら
   相手にするのはたまらないとばかりに関係を断ってしまう。なにが入ってくるかわか
   らないから、やめておくわけです。
   もしかしたら現代でも鎖国状態になっていくかもしれませんね(笑)。中国のことは
   もう知りたくない、影響があまりにも大きくなりすぎると関係しないほうがいい、と
   なる。アイデンティティが危機に瀕するとブロックする。伝統的に考えると、今のよ
   うに中国が強くなってきたら関係を切るべきなんです。もちろんそんなことはできま
   せんが。


イギリス人について。

内田 イギリス人てそういうこと平気でやりますよね。イギリスの文化人類学者のエヴァ
   ズ=プリチャードだったかしら、アフリカにフィールドワークに出かけているときに
   第二次世界大戦が起きる。そこで何をしたかというと、フィールドワークしている先
   の現地のアフリカ人たちを集めてゲリラ組織を作ってしまうんです。そして、自分が
   指揮官になって彼らを引き連れてドイツ軍と戦いに行く。
   ことの善し悪しはともかく、そういう発想がするっとできてしまうというところにイ
   ギリス人というのはまことに帝国主義が骨身にしみてるなあと感心しちゃうんですよ。
   (後略)
養老 文化人類学って、イギリスの植民地統治のための学問でしょう? そういう人たちが
   植民地統治に長けているのは当たり前。日本の学者にはそういう感覚がないですね。
内田 イギリスにはたしか植民省っていう官庁がありましたよね。オックスフォードやケン
   ブリッジでラグビーをやっていたような人が入って、現地にどんどん出かけてゆく。
   繰り返し言いますけれど、ことの善し悪しは別として、この気構えはなかなかたいし
   たものですよ。日本のフィールドワーカーは邪魔にならないようにそっと入って現地
   の生態系を壊さないようにスッと帰ってくる。礼儀正しくてそれはそれでいいんです
   けど、イギリス人とは立ち位置がまるで違いますね。
養老 日本人はいつも逆ですね。
内田 その違いはもうどうにもならないと思うのです。欧米の人のあの根拠のない自信、ア
   イデンティティの揺るぎなさは日本人にとってとうてい真似ができませんね。


傲岸不遜というか、欧米人は生まれつきそういう教育でも受けているのだろうか、と思うこ
とがある。あ、中国人もそうだけど。
脳の仕組みが違うんでしょうかね、養老先生? 


成熟について。

内田 日本にはもう「成熟」という概念がなくなりつつあるような気がします。日本がモデ
   ルにしているアメリカが、「成熟」という概念を持たない国だから。成熟することに
   さしたる価値を認めない。おそらくそれはアメリカという国の成り立ちからくるもの
   だと思うんです。「独立宣言」にすべて大事なことが書いてある。アメリカ合衆国
   あるべき理想がすでに最初に書かれている。達成すべき完成形がヴァーチャルではあ
   れ、最初から示されてたわけですから、アメリカ政治では漸進的な改良ということが
   ない。(後略)
養老 それであの人たちはなかなか進化論を認めないのかもしれません。
内田 「進化」ということについて心理的な抵抗があるんでしょうね。科学技術の進歩は認
   めるけれど、人間が進化するとか成熟するということは考えない。むしろ、あらゆる
   政治的文化的なトラブルを「本来のアメリカらしさが失われた」というふうに解釈す
   る。あの国の人たちが老いてなおパワフルとかヤングアットハートとかいうありよう
   を好むのは「老成」ということに対するほとんど本能的な嫌悪があるからでしょう。


老成を拒否して原点に戻ろうとする考え方って、ゲームをすぐにリセットする感覚に似てる
なぁ、と思った。牽強付会かもしれないけど。
ただ、全部最初からやり直すのは面倒くさいから、とりあえずセーブしたところまで戻る、
という感覚を他の人と共有できるなら、そこからゲームを先に進めることができるかもしれ
ない。


他にももっと面白いところはあるのだが、書き写すのが面倒なのでこれでおしまい。


本文と写真はまったく関係ありません

日付は去年のものです