シュマリ

シュマリ (下) (KADOKAWA絶品コミック)

シュマリ (下) (KADOKAWA絶品コミック)

図版の上巻と下巻が反対である。こういうミスって多いのかな? 


このマンガは、明治初期の北海道で、江戸から流れ着いた一人の男が大地と格闘する物語である。
主人公は和名を捨て、シュマリ(アイヌ語で狐の意味)と名乗り、自分を裏切った女房を探し出
す。しかし、彼女は駆け落ちした男と暮らしており、その男も鉄砲水で死ぬ。
シュマリは元の女房を赦し、北海道の大地で暮らすことにする。


ここまでが導入部で、元の女房への愛は終盤までひとつの軸となる。
それ以降のほとんどの部分は、和人がアイヌの土地を略奪する暗黒面を描く物語になる。
いわば北海道の黒歴史が語られているわけだ。


シュマリは大酒のみでべらぼうに強い。男性原理のカタマリのような性格である。
このキャラクター造形は「地球を呑む」の主人公が原型だろうか。


さらに話が進むと、ポン・ションという捨て子を育てることになる。
ポン・ションは「ブラック・ジャック」におけるピノコのような存在だ。
手塚治虫は、無敵の男と子供を組み合わせてストーリーを進めるのが好きだったのかもしれない。


この作品は、手塚治虫の生涯のテーマのひとつである、境界線上に立つ者の苦悩を描いたものだと
いえる。
例えば「鉄腕アトム」では、アトムがロボットと人間の間で悩むし、「リボンの騎士」では、サフ
ァイヤが男と女の間で悩む。
また「バンパイヤ」「どろろ」「きりひと讃歌」の主人公は、異形の者と人間の間で悩むなど、多くの
作品で境界線上の葛藤が描かれている。


「シュマリ」では、アイヌと和人の間で悩むとともに、江戸と明治の間でも悩む構造になっている。
そして近代化には抵抗できないことを知りつつ、主人公は絶望的な戦いを挑むのである。
凄惨な暴力の描写が目立つが、私は明治政府という大きな暴力を暗示するための表現だと思う。


もうひとつ、歴史マンガとしての側面も見逃せない。
奇子」や「一輝まんだら」のような近現代史の暗部を扱った作品は、やがて「陽だまりの樹」や
アドルフに告ぐ」のような大作に至るが、その系譜のひとつに「シュマリ」も入るだろう。
このような大河ドラマを描ける作家は、いまでは安彦良和ぐらいしかいなくなってしまったのでは
ないだろうか。


夏目房之介の「手塚治虫の冒険」によると

 以後『きりひと讃歌』『ばるぼら』とか、青年劇画誌向けの作品で優れた展開をみせます。また、
'73年に『ブラック・ジャック』、'74に『三つ目がとおる』(週刊少年マガジン '74〜'78年連載)
の連載を開始します。これは今でももっともポピュラーな手塚作品とされてます。でもね、驚くべ
きことに'73年って虫プロ倒産の年なんですよ。


 8月に虫プロ商事が倒産して、11月に虫プロが倒産しています。信じがたいことですよね。ただ、
このころの手塚はアニメ制作から離れてます。したくてもできない。ところが、そうなると自分の
やりたいことをぜんぶマンガ描くことに投入するわけで、いい作品描いてるんです。『シュマリ』、
『紙の砦』シリーズ、『一輝まんだら』なども、このころ描かれてますね。

とある。


虫プロ倒産のときには、手塚治虫が債権者に迫られ、非常に苦しかったと伝えられている。


奇子」は1972〜73年、「シュマリ」は1974〜76年に連載された作品である。
このふたつの作品には、どちらにも落盤で閉じ込められる場面が出てくる。
奇子」では陰惨な状況で次々と人が死んでいき、「シュマリ」では自力で外へ出る。


このあたりに、虫プロ倒産前後の手塚治虫の心理の変化が現れていると思うのは、深読みのしすぎ
だろうか。


もし映像化するなら、シュマリは若い頃の緒方拳がぴったりだと思うが、いまなら誰だろう。
ワイルドで大男の俳優って、あまり思いつかないなぁ。
映画「北の零年」って見てないんだけど、渡辺謙だとちょっとイメージが違うような気がする。


がっつりと面白いマンガを読みたい人にはお薦めです。


本文と写真はまったく関係ありません

(●´ー`)<道産子といえば、なっちだべ