トラとドライヤー

1996年9月から1998年10月まで、私はネコを飼っていた。
吉祥寺で拾った、トラ縞模様の野良ネコだ。
うしおととら」というマンガを読んでいたので、トラと名づけた。


トラは最初、目ヤニがびっしりついた状態だったので、動物病院へ連れて行って点眼して
もらった。このとき予防注射もしておけば、もっと長生きしていたのにと、いまでも後悔
している。


何日かしたら目が開いて、元気も出てきた。
だが、身体がかなり汚れているし、蚤もいる。
これは洗ってやらねばなるまい。


私は当時、風呂なしのアパートに住んでいた。
そこで、お湯を沸かしてタライにぬるま湯を入れ、流し台の中でトラを洗った。
そのとき、なぜか私は「ゴットファーザー愛のテーマ」を鼻歌で唄っていた。
自分でも理由は分からない。


身体を洗ってもらうときのトラは、非常におとなしくて、されるがままになっていた。
私はこのとき初めて、ネコというのは毛のふわふわ分がなくなると、別の生き物みたいに
なることを知った。


さて、無事に身体を洗い終わって、タオルでくるんでやった。
ここでもされるがままで、まるで赤ちゃんのように可愛い。
このままずっと抱いていれば、後の悲劇は起こらなかっただろう。


私は、ドライヤーをあててやれば、もっと早く乾くに違いないと思った。
そしてたまたま友だちが置いていった、普段は使わないドライヤーを手にして、トラに
向けたのである。


ゴーッという音と生暖かい風をトラにあてると、それまでうっとりしていたのが、一転
死に物狂いで暴れ始めた。
さながら、バッタ男に改造されかけた本郷猛のごとし。わしゃ、白衣を着たショッカーか(^^;


いかに仔猫といえども、本気になってドライヤーを攻撃すると、爪で傷がつく。
持っている私の手も血まみれだ。
そして、濡れ鼠のネコ(変な言葉)が、逃げ回るのを追いかけていると、あたかもトムと
ジェリーのようで、時の経つのを忘れるほどだった。


結局、タオルだけでトラの身体をふいてやり、膝の上で横にしてやると、ようやく落ち
着いたみたいで、寝てしまった。
ごめんね、トラ。


その後、トラはドライヤーを見るだけで、スイッチを入れてないのに、フーッと全身で
威嚇するようになった。
強烈なトラウマとして残ったようである。
トラのトラウマ、ドライヤー。


私の人生で最も幸せだったのは、トラと過ごした日々だった。