絶望の向こう側

私は人生の負け組であり、これから先も負け続けるだろう。
この場合、何が負けかというと、結婚もできず、低所得の仕事にしか就けず、極めて不安定な
老後しかないことが予想される、ということである。


こういうことになったのは、ほとんど自分が悪いのだが、個性を過剰に持ち上げた社会にも責
任があるのではないかと思う。
うかうかとそれに乗せられた私がバカだったのだけれど。


すっかり絶望してしまうと、あれこれ悩まずにすむから楽といえば楽になる。
私のようなウンコ製造機がこれまで生きてこれただけでも感謝しなければならない。
将来がないということは、その日暮らしを繰り返すことであり、まともな仕事を淡々と繰り返
していれば、いやでも時間は過ぎていく。


マンガ「闇金ウシジマくん」はそのあたりの暗部をしつこく描いており、実際に同じような境
遇にいる人を震撼させている。

闇金ウシジマくん (9) (ビッグコミックス)

闇金ウシジマくん (9) (ビッグコミックス)

正直、このマンガを読んでいい気分になれる人は、人間としてどうかと思うが、負け組がさら
に負け組をバカにするような構造の中で読まれているのかもしれない。
(そもそも勝ち組はマンガなんか読んでないだろうし)


さて、負け組がまだ健康であるうちはいいが、50歳を過ぎて身体にガタが出てきたとき、一体
どうなるだろうか。
フリーター世代が15年もすれば直面する現実である。


今のところ、社会は何の対策も打っていないように見える。
財界にとっては単に使えない奴らだろうし、政治家にとっても票を期待できるような集団では
ない。つまり死ねということだ。


私はまだ死ぬのが怖いし、自殺する勇気もない。
結論を先延ばしにして、一日一日を生きているようなものだ。
そのツケを払う日が、やがてやってくるだろう。


そのとき、潔く死ぬことができるかどうか。
みっともなく生きることにしがみついて醜態をさらすのではないかと思うが、できれば安楽死
させてもらいたいものである。


本文と写真はまったく関係ありません

セーラーヴィーナスが‥‥