米国ではミュージカル映画が作られ、香港ではカンフー(功夫)映画が作られた。
実は二つとも、踊りと武術という違いはあるが、主に身体を使ってストーリーを
表現する構造は、ほぼ同じである。
なぜ、欧米ではタップダンスやバレエが発展し、中国では少林拳や太極拳が発展
したのだろうか?
設問が大きすぎて、私には答えられないが、ぼんやりと考えてみる。
洋の東西を問わず、踊りのない民族はいないのではないかと思う。
何かの祝祭であれ、呪術であれ、とにかく人間は何かに対して感謝や畏敬のダンスを
捧げたはずだ。
では、格闘技はどうか。
素手で戦う技術を、西洋ではあまり磨かなかったように思える。
むしろ、そのエネルギーを武器の開発に注いでいたのではなかろうか。
素人なので、ぼんやりそう思うだけだが。
ていうか、中国人だけが、どういうわけか格闘技を異常に発達させたような気がする。
この理由がよく分からない。
20世紀に入ると、音楽とダンスは急速に接近し、革命的な変化を遂げた。
それが米国でミュージカル映画として開花する。
1930年代後半から1950年代は、まさにミュージカル映画の黄金期と言えよう。
一方、香港映画はどうだったのか。
調べると、1920年代に武侠小説をもとにした映画が作られ、1960年代には多数の
アクション映画が香港でヒットしていたらしい。
しかし、世界がカンフー映画を知るのは、ブルース・リーの「燃えよドラゴン」が
制作された1973年まで待たねばならなかった。
ハリウッドと香港を比べると、映画の配給力が全く違うので、どちらかというと
ミュージカル映画→カンフー映画に影響を与えていたのだと思う。
近年、「マトリックス」のように、カンフー映画にリスペクトを捧げる作品もあるが。
ただし、ミュージカル映画は男女の恋愛がベースになっているのに対して、
カンフー映画は男の義侠心がベースになっている。
中国は、ロマンスよりも仁義が好まれる風土だからなのか?
あと、アジアでは一般的に男女ペアで踊るという伝統がないからかもしれない。
戦後、日本にフォークダンスが輸入されたけど、もう女子の手をつなぐなんて
恥ずかしくてできなかったもの。
そういや、70年代のディスコの映像を見ると、一人で勝手に踊っている人が
ほとんどだ。チークタイムは別だが。
90年代のジュリアナの映像でも、やはり集団で踊っているが、盆踊りを連想
してしまう。
ミュージカル映画の衰退の原因のひとつは、ロックが出現したことによるそう
だが、確かに一人で身体を揺するから“ロック”というのだ。
カンフー映画は、ワイアーアクションに活路を見出しているようだが、音楽に
弱点があるのではないか。
スタンダード・ナンバーになるようなメロディができれば、カンフー映画の
未来も明るいかもしれないね。