10月5日に広島パルコで開催されている「吉崎観音コンセプトデザイン展」に行ってきた。
入場特典のパルコアライサン缶バッジをゲットできてよかったのだが、わざわざ四国から
フェリーで行くほどの展示でもなかった。
以下は「けものフレンズ」2期でたつき監督が降板するかもしれないゴタゴタを素人なりに
考えたチラシの裏の書き込みである。
ネットでは多くの意見が寄せられたみたいで、私もちらほらそれを読んだ。
大多数はたつき監督の続投を望むもので、カドカワを批判していた。
一方では、権利は製作委員会が持っているのだから契約上は問題ない、という
意見もあった。
私が製作委員会擁護派の意見を読んでモヤッとしたのは、金を出している人だけが
作品を自由にできるという考え方だ。
その考え方を敷衍すれば、金さえあれば下請けのアニメ監督の代わりなんかいくら
でも見つかる、ということでもある。
だが、これまでのカドカワの悪評を見るに、代わりが見つかる前にコンテンツが
終了してしまうことがほとんどではないだろうか。
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そもそも論を言うなら、製作委員会方式は複数の会社が分散して出資し、リスクを
最小限におさえることと、制作する作品の自由度を上げることにあったはずである。
当たり前のことだが、出資者は出したお金が少しでも多く戻ってくることを願って
いる。版権についてうるさく言うのも、出資した人にフェアであるべきと考える
からだろう。
では、アニメ「けものフレンズ」2期を作るとき、もっとも確実なのは何かといえば、
たつき監督を中心にした続編ではなかろうか。
もし、たつき監督を降板させるというなら、製作委員会の幹事は出資している会社に
対して合理的な説明が必要である。
たつき監督以上に売れる人を用意して、こういう戦略で2期を売っていきます、という
プレゼンがあってしかるべきだろう。
はたしてそういう説明があったかどうか疑問である。
もし、カドカワ側に無能な人がいて、たつき監督の代わりなんていくらでもいるだろ、
ぐらいに考えて一方的に降板を言い渡していたとしたら、それは出資者に対する背任
行為である。
実際はそういう話ではないらしいのだが、たつき監督のツイートを見る限りでは、
納得のいくような説明があったとは思えない。
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私個人としては、カドカワに対して拭い難い不信感を持った。
たった一人が不信感を持ったとしても、カドカワは痛くも痒くもないだろう。
それでも、少なからぬ人はカドカワという名前に対して、ある種の呪いを投げ
かけていると思う。
それは今日、明日にはどういう影響もないけれど、将来的にカドカワの信用を
少しづつ損なっていくだろう。
普通なら、信用を失った商売は先細りになっていく。
ところが、昨今のプラットホーム型ビジネスはそうではない。
一度、何かの仕組みが出来上がってしまうと、いくら運営方法に不満があっても
別のものに移ることができないのだ。
ツイッターとかアマゾンなどがそうだ。
カドカワも、二流の出版社がメディアミックスで当てて、買収を繰り返して大きく
なり、ライトノベルなどのオタクコンテンツでプラットホームを築きあげている。
これが覆ることはなかなかあるまい。
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我々「けものフレンズ」ファンに、今回の降板騒動の詳細が語られることはない
かもしれないが、せめて製作委員会内ではきっちりと話を詰めて、貴重なヒット
コンテンツを毀損させた人間に責任をとってほしいものだ。