先日、読売新聞で連載されていた堂場瞬一の「奔る男 小説 金栗四三」が

完結した。

ちょうど大河ドラマ「いだてん」の放送と重なっていたので、ドラマと

比べながら読んでいた。

 

小説の方は、主にオリンピックのマラソンに出場して走っているときの

心理を描写しており、全生涯を網羅しているわけではなかった。

私はてっきり箱根駅伝の創設についても詳しく書くのかと思ったのだが、

あくまでもマラソン選手としての金栗四三を描きたかったようだ。

 

大河ドラマは視聴率で苦しんでいるようだが、私はこの小説よりも面白いと

思っている。

*[映画]海獣の子供

昨日、映画「海獣の子供」を見てきた。
公開3日目の日曜日のレイトショーで観客は10人ぐらい。カップルが多かった。
原作のマンガは未読で、CMを見ただけの予備知識がほぼない状態で鑑賞した。


大変美しい映像で、アニメーション的な技法では最高の水準ではないかと
思った。イワシの群れのCGはどうやって作ったんだろう。


ただし、映画の内容については、個人的にはまったく評価できなかった。
中盤で長髪の海洋学者やアボリジニとおぼしき老婆が登場するあたりから
おいてけぼりになってしまい、なんだか分からないうちに終わってしまった。


厳しいことを言えば、思想的には底の浅いニューエイジサイエンスでしか
なくて、イルカとかクジラを神聖視する人の話は眉唾ものだと思っている。


物語もわりとアラが多くて、海辺のキャンプで海が発熱して苦しんでいる
のに、琉花は空と平気で沖まで行ってしまうし、クライマックスで琉花は
海が隕石のかけらを飲み込もうとするのを止めたのに、最後は飲ませている。


琉花の母親が飲んだくれている理由も説明がないし、そもそもジュゴン
育てられた子供というのもなかなかハードルが高い設定だ。


というわけで、深夜アニメオタクにとってはつまらない作品ではあったが、
ロハスとかの意識高い系の人にとっては、美しい映像と地球と一体になった
気がする物語が心地よく感じるだろう。

 

エマ (1) (ビームコミックス)

エマ (1) (ビームコミックス)

 

 こないだ森薫「エマ」全10巻を読み終えて、しあわせなため息をついている。

アニメ化されているとは知らなかった。再放送してくれないものだろうか。

 

私はいわゆるメイドに興味がなく、メイド喫茶などの「萌え萌えキュン」とか

やるのはむしろ嫌いだったのだが、エマで描かれるメイドは好きだ。

作者の趣味でもあるだろうけど、よく昔の英国社会を調べたなぁ、と感心して

おります。

 

「エマ」や「乙嫁語り」は、分割上映方式で劇場アニメにすればよいのでは、

と思っているのだが、どうだろうか。10年ぐらいかけて完結させるのである。

予算的に厳しいか。

 

吉本興業の芸人の闇営業の話題を読んだ。

 

昔、ダウンタウンは毎年山口組の新年会で新ネタを披露して

ギャラを1億円もらっている、という嘘を考えたことがあったが

吉本芸人が本当にやっているとは思わなかった。

 

もともと吉本興業はヤクザとずぶずぶの関係だったわけで、

会社の履歴を考えると別におかしくもないが、島田紳助

解雇したのだから、もうそういうことは建前上はできない。

 

ただ、吉本芸人が闇営業をするのは、正規の仕事のギャラを

ほとんどピンはねされているからだ。

売れたら払ってやる、という会社の態度が裏目に出たのだろう。

 

 

ただ、大衆の怒りが持続するとも思えない。

パッと炎上して終わりだろう。

 

逆に、どんなことをしたら日本人は怒り狂うのだろう? 

カネカという会社で育休をとっていた人が転勤を命じられて

揉めた話を読んだ。

 

私は転勤をしたことがないので、正直ピンと来ない。

そもそも転勤があるような大きな会社に勤めたことがないし、

転勤するような有能な人間でもない。

 

実際のところ、転勤はどのくらい必要なのだろうか。

新しい事業を立ち上げるために経験豊富な社員を送り込む、

みたいなことは想像できるのだが、本当にその人じゃないと

ダメな転勤、というのは少ないのではないか。

 

金融機関は、融資先との癒着を防ぐために、頻繁に転勤させる

というのも、まあ理解できるが、なにも日本全国をたらい回しに

しなくてもいいような気がする。

 

 

カネカの件は、終身雇用が維持されなくなったのに、会社も

従業員もあるふりをしているから炎上したのではなかろうか。

 

 

会社が社員に転勤を命じるのは、無理なことをさせても雇用は

守るという約束があるからである。

また社員が自宅を購入するのも、ローンを払い終えるまでは

雇用が守られると信じているからである。

 

労働者が流動化すると、誰も住宅を買えなくなるし、無茶な

転勤も命令できなくなる。

経済的にはわりとダメージが大きくなるのでは、と思うのだが、

これが竹中平蔵の夢見た世界なのだろう。

 

天安門事件の死者は、中国共産党発表だと400人に満たないという。

一方、当時の大学生たちの話だと数万人にのぼるという。

まるで南京大虐殺はあったかなかったか、という話だ。

 

そして現在の中国共産党は、天安門事件そのものをなかったことに

したいらしい。実際、いまの30歳以下の中国人はそんなことがあった

と知らない人が多いという。

 

そこには莫大なコストがかかっているはずだ。

あったことをなかったことにするには、どのくらいの時間と金が

かかるのか、誰か試算してほしいものだ。

 

 

一方、米国は広島と長崎に原子爆弾を投下したことをなかった

ことにはしていない。

逆に、そうしなければもっとたくさんの民間人が死んだであろう、

という理屈を普及させ、ほとんどの米国人はそれを信じている。

 

中国共産党も、天安門事件にこのロジックを用いれば、いまの

ようにネットで検索もできないようなことにはならなかったの

ではなかろうか。

 

 

数百年経つと、ヨーロッパ人が他の大陸で人を殺しまくったことや

モンゴル人がヨーロッパ人を殺しまくったことなどは、そんなことも

ありましたね、というレベルになる。

為政者はそれまでだんまりを決めるというのもひとつの手だな。

 

技能実習制度は、外国人を低賃金で働かせる奴隷制度になっている。

なぜ国内の企業が低賃金で外国人を雇うのか。

日本人に求人を出しても断られるからである。

 

普通に考えると、人が来ない会社は潰れるしかない。

奴隷を使わないとやっていけないような企業は、社会から必要と

されていないと考えて差し支えないのではなかろうか。

 

そういう企業を経営している人は、会社を潰したら自分が食えない

から、外国人を安い賃金で働かせている、極めて自分勝手な人々と

言ってもよさそうだ。

 

企業側からすれば、ここまで追い込まれたのは適正な価格で

売れないからであり、自分の責任ではない、と主張するだろうが。

 

 

もし、技能実習制度を利用している企業が全部なくなったら、

世の中はどうなるのだろうか。

どうしてもなくてはならない会社がその中に含まれているのか

どうか、ちょっと判断できない。

 

理論的には、生産性の低い企業は淘汰されるはずである。

しかし、低い生産性のしわ寄せが外国人の奴隷化になっている

のはどうしてなのか。

 

物価の低い国から物価の高い国に労働者が流れているだけ、と

いう説明には納得できないのだが。