官僚にとって、国民をどうやっておとなしい羊のままにさせるかは
重要な問題だろうと思う。
官僚は、ほとんどの国民は自分よりバカだと思っている。
魯迅のいう「阿Q」である。
面積が広く人口の多い国は、どういうわけか伝統的に国民を家畜の
ように扱ってきた。ロシアは農奴制度をなかなか手放さなかったし、
中国は農民と都市住民の戸籍が今も違うし、インドはカースト制が
続いている。
家畜を虐待しすぎると、しばしば反逆されて革命が起きた。
それでも官僚たちは、あいつらを放っておくとロクなことにならな
いから、と手を緩めることはなかった。
新興国だった米国は、原住民を虐殺してできた国だったから、移民
が家畜のように扱われることはあまりなかった。
そして“アメリカン・ドリーム”というエサをぶらさげて、いかにも
チャンスが平等にあるかのように見せかけ、バカを手懐けた。
日本はどうだったのだろうか。
江戸時代までは農奴のように扱い、明治時代からは立身出世を謳って
国民の目を欺いてきたような気がする。
国家を実際に運営している人びとは、国民が利口になってほしいとは
思っていないだろう。だが、DQNばかりになって治安が悪化してほしく
もないと思う。
そのあたりのバランスをどうやってとっていくかが、彼らの懸念では
なかろうか。
とりあえず、石原元知事や橋下元知事を支持する人は、彼らより頭の
悪い人である。つまり大勢いる。
大勢のバカをどうコントロールするか、官僚たちは必死でシミュレート
しているのではなかろうか。