日食

子供の頃、かいき日食を「怪奇」だと思っていたのは私だけでは
あるまい。


松山も曇り空だったのだが、それが幸いしてか、黒いレンズなし
でも太陽が三日月のように欠けているのが分かった。


なんでこんなにテレビが大騒ぎするのかは分からないが、日食を
みんなで見るワクワク感はなんとなく分かる。


これは大晦日のカウントダウンと質が同じもので、人間の力では
どうすることもできない事象を、なるべく多くの人間と体感する
ことで連帯感を強める儀式なのだ。


しかも、予め分かっていて、なおかつ止められないものでなくて
はならない。
ということは、予測できるぐらい科学技術が発達してから、この
ような連帯感は生まれたのだろう。


それ以前は、迷信が支配する世界だから、別の意味づけをして連
帯感を深めていたのだと思う。いわば恐怖を媒介とした連帯か。


理屈が分かっていれば恐怖は起きないので、カウントダウンや現
在の日食の観測は、共時性を媒介とした連帯というべきか。