破獄

破獄 (新潮文庫)

破獄 (新潮文庫)

緒形拳が亡くなった後で追悼として放送されたドラマを見て、原作に
興味を持った。


物語は、佐久間という男が、普通なら不可能な刑務所からの脱獄を4回
も成功させるというものだ。


ドラマでは脱獄してからすぐに捕まっており、どうも違和感があった。


この本を読むと、実際は脱獄に成功した後、何年も行方をくらませて
おり、逃げた後のこともちゃんと描いている。
例えば、網走刑務所を脱獄した後は、山に入って廃坑の中で冬を越し
ており、数年間は見つからずにいる。


吉村昭は、単に脱獄囚の話を書きたかったのではなく、彼を狂言回し
にした時代背景を書いてみたかったのだろう。
ちょうど佐久間が脱獄を繰り返していた頃は、日本が戦争に突入して
いた時期で、刑務所や一般社会のあれこれが執拗に調べられている。


戦時中は、一般市民に配給する食糧が不足していたが、刑務所では一
人一日6合の米が支給されており、囚人の方がよほど食事に恵まれて
いたのだそうだ。


また、網走刑務所には囚人たちが開墾した畑があり、内地よりも食
料事情はよかった、と書いてある。


もっとも、終戦前になると、米や大豆以外の食糧が手に入らなくな
り、一般人の死亡率よりも囚人の死亡率の方が高くなったらしい。
主な原因は、栄養失調だそうで、タンパク質やビタミン不足になっ
ていたようだ。


戦後になっても食糧不足は続き、囚人も激増したが、米軍の放出物
資などで辛うじてしのいでいたという。
刑務所にとって、食事は生命に直結するのだ。


たしか花輪和一の「刑務所の中」というマンガでは、収監されると
甘いものがいっさい手に入らなくなり、強烈に甘味が欲しくなった、
と描いてあった。


ふだん、いかに甘いものを普通に食べているか、考えてみると私も
チョコレートや大福などをけっこう食べている。
酒やタバコもご法度だから、刑務所に入ると現在ではむしろ健康に
なるのかもしれない。


「破獄」は、脱獄の話というよりは、戦中から戦後にかけての、日本
の刑務所の歴史に光を当てた小説だ。
面白かったが、できれば巻末に簡単な年表をつけてほしかった。