日本人のアイドル好き

NHKスペシャル歌麿 紫の謎」を見た。
本筋の紫色を使った表現は、なるほどそうですか、という感想しか出なかったのだが、歌麿が版画に
した評判の町娘については、ちょっと考えさせられるものがあった。


「なにハやおきた」(難波屋お喜多?)という名前の女の子が、今でいうアイドルの生写真のよう
に売れており、江戸幕府はその売れ行きに不穏なものを感じて、名前を出すのを禁じたという。

(難波屋おきた)


そうすると歌麿判じ絵を入れて対抗した。
判じ絵とは、「なにハやおきた」なら、菜っ葉を二把描いたもので「なにハ」、矢の絵で「や」、海
と田んぼで沖の田つまり「おきた」、と直接名前を書かないものの、分かる人には分かるようにした
表現である。

判じ絵


幕府は判じ絵も禁じ、歌麿を捕らえて手鎖の刑に処した。この2年後に歌麿は死んだという。
たびたび禁令を出すほど浮世絵は人気があったのだろう。


しかし、なんで江戸の町民たちは、ただの可愛い女の子の絵をそれほど欲しがったのだろう? 
「萌え」の感覚は江戸時代から連綿と続いていたのだ、と無茶なことを言うつもりはないが、日本特
有のアイドル人気と通じるものがあるような気がする。


欧米でも評判の町娘というのはいただろうが、版画に刷って似顔絵を欲しがったということはあるま
い。宗教的な禁忌もあったのかもしれない。
中国はどうだったのだろう。これもあまり聞いたことがないのだが、誰かご存知なら教えてほしい。


たぶん、18世紀後半の世界で、オッサンが「おきたちゃんハァ━━━;´Д`━━━━ン!!」と叫んで
いたのは日本だけだと思う。
ヨーロッパではフランス革命があったあたりだから、庶民はそれどころではなかっただろう。
(中国は乾隆帝の末期で厳しい思想統制があったはずだが、よく分からない)
つまり、平和だからこそアイドルに夢中になれたわけだ。


現代に目を転ずると、日本は相変わらずアイドルの写真が出回っているし、ネットでいくらでも見る
ことができる。
米国は、プレイボーイ誌のグラビアに代表されるヌードモデルが主流だったのが、テレビ番組「アメ
リカン・アイドル」のヒットによって新たな局面を迎えつつありそうだ。
東アジアでは、日本のアイドル文化が輸出され、定着している。中国では「超級女声」(だっけ?)
というアイドル発掘番組が大人気だというし、世界的に可愛い女の子/男の子を愛でる行為が広がっ
ている。


ただ、日本以外のアイドルは、歌が抜群に上手いなどの芸を持っており、実質が伴われている。
日本のアイドルは、なんだか分からないけれども可愛い、という理由だけで売れるのである。
(だから、ピークを過ぎると芸がないからショボくなっていく人も多い)


じゃあ、日本のアイドルはしっかりした芸がないから駄目なのか、といえば、そうではない。
むしろ、そういう卓越したものがないからこそ萌えるのである。
おいしい実が生るわけでもなく、儲かるわけでもない、ただの路傍の花を愛でる感覚というべきか。


虫の音や花などの自然が美しいと思うように、少女から女へと変わる変化(=自然)を美しく思う
心が日本のアイドル文化を支えているのである。


‥‥ごめん、嘘。日本人がスケベなだけだね。


本文と写真はまったく関係ありません

州*‘ -‘リ<はろぷろ屋りさこ♪
ノリo´ゥ`リ<はろぷろ屋こはる☆