吉祥寺図書館から北に向かって五日市街道に出る途中に、小さなCD屋があった。
入り口が普通のドアで、奥行きがちょっとある、2坪もない広さの店だった。
私は、図書館で借りたマイルス・デイヴィスのCDを聴いてハマり、小遣いをはたいて一枚、また一枚と
マイルスのCDを集めていた。
その小さなCD屋は、わりとジャズが充実していたし、定価よりもちょっと安かったので、毎週ふらっと
行ってはマイルスのCDを買っていた。
あるとき、店番をしているオヤジさんが
「マイルス好きなの?」
と声をかけてくれた。
そこから世間話をするようになり、いつも行くたびに15分ぐらいは音楽とか商売の話をするようになった。
オヤジさんは当時40代半ばぐらいで、どっしりした顔をしていたが、声は非常に良かった。
若いときは、いろんな商売をしていたらしく、音楽が好きなのでCD屋を開いたのだそうだ。
実家は立川らしい。
ここで一番大きな買い物は「ふしぎの海のナディア」LDボックスなのだが、これを予約したとき
オヤジさんは不思議そうな顔をした。申し訳ない。
いまもLDボックスはうちにあるのだが、プレーヤーはない。どうでもいい話だ。
しばらくして、私は失業した。
いまブラブラしている、という話をすると、オヤジさんは別の店で店番を探してるんだけど、やって
みないか、と誘ってくれた。
当時、私は編集者にカムバックする気満々だったから、丁寧にお断りさせていただいた。
オヤジさんも、まあそうだろうね、という顔をしていた。
それからいろいろあって、CDを買う余裕もなくなったので、店に行くこともなくなった。
1年半ぐらいしてからだろうか、そういえばオヤジさんはどうしているだろう、と行ってみた。
すると、別の若者が店番をしており、オヤジさんは別の店の準備をしているということだった。
私はマイルスの目ぼしい作品を買ってしまっていたし、その頃はジョアン・ジルベルトに夢中だった
から、もうあそこには行くこともないな、と思った。
また1年ぐらいして店の前を通ったら、そこは別の店(雑貨屋か古着屋)になっていた。
ただそれだけの話です。