ハンの鉤爪

私は生の魚介類が嫌いなので、寿司がほとんど食べられない。
ある人にそう言ったところ、人生の三分の一を損している、と真顔で決めつけられた。
大きなお世話だ。お前の人生の三分の一は寿司なのか。
そう言いたいのをこらえて、むにゃむにゃと情けない返事をした。


恋愛についても同じことが言える。
年がら年中、恋愛しかしてないような奴のことをモテるというのなら、私は別にモテたく
ない。やせ我慢でも何でもなく。
むしろ、恋愛ばかりしている人は異常だと思うのだが。


たしか糸井重里が、才能というのは「燃えよドラゴン」に出てくる鉤爪である、という
ようなことを言っていた。


ブルース・リー主演の映画「燃えよドラゴン」では、主人公と最後に戦う悪の親玉が
いる。彼は左手がなく、戦うときは鋭い鉤爪のついた特製の義手をつけるのだ。
この武器によって、ブルース・リーは手傷を負い血を流す。
鏡の間でのシーンは、この映画の白眉である。


つまり、才能というのは、本人に欠落しているものを過剰に補うことによって成立して
いるのではないか、ということだと思う。
劣等感をバネに、凡人を超えた能力を身につけることが稀にあるのだ。


恋愛ばかりしている人も、そういう異常な力をつけたのだろう。
何か心に欠落しているものがあったのかもしれぬ。
可哀想に。(←失礼、上からものを言ってしまった)


私も、精神的に欠けている部分があることを認める。
だが、もう諦めた。
これはこれでしょうがないだろう、と思うようになった。
努力もしない。オタクになる能力もない。


若さを失うというのは、こういうことか。
ここまで来たら、うんと楽になるよ。
あとは死ぬだけだもん。ふふふ。