警察

私が小学生のとき、路面電車道後温泉駅の近くで遊んでいたら、巣から落ちた燕の子を
見つけた。
可哀想だったので、なんとか巣に戻してやろうと思った私は、近くの交番に行った。


「すいません、ハシゴを貸してください‥‥」
人見知りだった私が、蚊の鳴くような声で入っていくと、中年の警官が机に座ってテレビを
見ていた。(このあたりの記憶はあいまいだ。ラジオだったかもしれない)
ナイター中継を見ていたような気がする。
日は暮れていた。


私が中に入っていっても、その警官は微動だにしなかった。
きっと私の声が小さすぎて聴こえないんだろう。
私はもう少し大きな声で、すいません、と言った。


しかし、警官は私を見ようともしない。
それから何度も声をかけたのだが、警官はナイター中継に夢中である。
耳が不自由なんだろうか? 
私は警官の机のところまで近寄った。
本当は警官の顔の前で、私の手をひらひら動かしたかったのだが、さすがに怖くてでき
ない。
しかたなく、しばらく傍に立っていた。


これほど完全に無視されたことは(しかも大人に)、一度もなかったので、私は何が
起きているのか全く分からなかった。
私は透明人間にでもなったのだろうか。そんなバカな。


ぼーっとした子供ながらに、これはもうどうしようもないと思って、私は交番を出た。
その後どうしたのかは、ほとんど憶えていない。


たぶん、巣から落ちた燕の子は、たとえ私が戻したとしても助からなかっただろう。
それにしても、あの警官は何だったんだろう、と今でも思う。
虫の居所でも悪かったのか。


一方、私はカギを拾って届ける少年でもあった。
私はお金を拾うことはあまりないが、なぜか自転車やバイクのキーが道に落ちているのを
よく見つけた。


それを交番に持っていくと、よく届けてくれたね、と書類を書いてくれた。
私は少し誇らしい気分になって、家へ帰ってそのことを母親に話したものだった。


警察にしてみれば、お金はともかくカギなどの拾得物は、雑事以外の何ものでもなかろう。
しかし、子供を追い返したり無視することはせず、規律正しい公務員として接してくれた。
それだけに、私を無視した警官がよく分からないのだ。


日本の警察は、外国に比べれば、まだマシな方だと思う。
ただ、それはラッキーにも警察とほとんど接することなくこれまで過ごしてこられたから
言えることなのかもしれない。


リンチ殺人での栃木県警の対応を新聞で読んで、自分も警官に無視されたことを思い出し
たので、ちょっと書いてみました。