マンガ脳

2chアスキーアートがたくさん作られている。
あるいは、携帯のメールでも顔文字というのが当たり前のように流通している。
これほど質・量ともに豊かなのは日本だけなのだろうか? そう思うのだが。


例えば、モーヲタの間では
ノノ*^ー^)
が誰を表しているのかは明らかだ。
そして、この種のアスキーアートは何十種類もあるのである。


こんな記号をキャラクターとして当たり前のように使えるのはどうしてか? 


私は、日本人がマンガ脳を持っているからだと思う。
(別に声高に言うことじゃなくて、当たり前のことだろうけど)


養老孟司によると、日本語の<漢字+かな>という構造が、マンガに
おける<絵+ふきだし>に対応しているそうだ。
(漢字を理解する脳の場所と、かなを理解する脳の場所は違うんだって)
漢字にルビをふる作業は、マンガの絵をふきだしで説明しているのと
同じことだという。


そういう構造を持った日本語というOSを使っているからこそ、アスキーアート
豊富になるのだろうね。


ということは、日本語の構造が変化しない限り、マンガ脳も変化しないと
いうことで、これからも日本のマンガ・アニメの水準は世界一を保てるのでは
なかろうかと思ったりする。


韓国や中国が、日本に追いつき追い越せとアニメーションを作ってるけど、
どうかな? ふふん、と鼻で笑う余裕があるね。


ただ、心配なのは文化としてのマンガやアニメがどんどん痩せていっていることだ。
最近の子供は小学生でマンガを卒業しちゃうらしいし。
裾野が広くないと頂点も高くなくなるのは自明である。


30年ぐらいして
「先生、キターッ!(・∀・)ってどういう意味ですか?」
「あ、俺も(・∀・)の意味がわかんねぇ」
ということになるかも。


それはそれで健全なのか。