容疑者Xの献身

容疑者Xの献身 (文春文庫)

容疑者Xの献身 (文春文庫)

ネタバレするのでたたみます。




原作もドラマも好きだったので、映画化される前に読んでみたかった。
映画は来週末に公開されるので、ぜひ見てみようと思う。


私としては、終わらせ方がビターな感じがした。
真相は湯川だけが心の中に秘めて、何も知らない花岡靖子は幸せになる、というパター
ンもありだったのではないかと。


そうしなかったのは、直木賞を狙いにいったからではないか、と邪推しないわけではな
いが、作者もどういうエンディングにしようかと悩んだのではなかろうか。
それとも、最初からああいう結末を考えて書いたのか。
よく分からないけれど、結局は誰も幸せにならなかったのが悲しい。
(残された中学生の女の子はどうなるのだろう?)


トリック自体は、うすうす分かっていた、と書くと、いかにもな気がするが、推理小説
というものは、ほとんど無駄な描写がないはずだから、冒頭のホームレスの様子を丹念
に書き込んでいるのを思い出すと、彼らのひとりを使ったトリックだな、というのはす
ぐに推理できる。


問題は、天才数学者だった石神の自殺する動機だ。
何もかも虚しくなることはあるけれど、論理的な思考で鍛え上げられている男が、そう
簡単に自殺を決意するだろうか。
しかも、自分の研究がまだ完成していないというのに。


そして、自殺を思いとどまった理由が、隣に越してきた美しい母娘であった、という点
も厳しい。
石神はかつて恋愛をしたことがなかったのか。
たまたま心が弱っているときに現れたので、ハートを打ち抜かれたのかもしれないけれ
ど、他にいくらでも美人はいるだろうに、とも思う。


たぶん、アイドルとか女優は、そういう寂しい人のために存在しているのだろう。
虚構にすぎないけれど、信じている間は実存しているものだ。
もっとも、これはアイドル好きな私がそう思うだけなのかもしれないが。


だから、次の文は印象に残った。

 あの母娘を助けるのは、石神としては当然のことだった。彼女たちがいなければ、今の
自分もないのだ。身代わりになるわけではない。これは恩返しだと考えていた。彼女たち
は身に何の覚えもないだろう。それでいい。人は時に、健気に生きているだけで、誰かを
救っていることがある。


生きているだけで、誰かの支えになることができる、というのは素晴らしいことだ。
私のようなオッサンは、生きているだけでは誰の支えにもならず、むしろ不快感を味あわ
せているかもしれない。情けない話だ。


このように、モテない男は石神に感情移入できるように書かれている。
不本意な人生を送っている人は、しみじみと胸に迫るものがあるのではなかろうか。