追悼・米原万里

ロシア語の同時通訳者であり、名エッセイストでもあった米原万里が、今月25日に
卵巣ガンのため亡くなっていたそうだ。合掌。


私は彼女のエッセイのファンで、文庫本になったものを集めては読んでいた。
初めて目にしたきっかけは、日経新聞のコラムだったろうか。
面白いことを書く人だなぁ、と思った。


ロシアというと、私は旧ソ連が厳然と存在していたときに義務教育を受けた世代で
あり、冷戦の相手だ、というイメージが拭いがたくあった。
「白夜」というハリウッド映画で、グレゴリー・ハインズが米国からソ連に“亡命”
する場面があり、何をバカなことをしとるのか、と思ったものだ。
逆に、ミハイル・バリシニコフが、ソ連から米国に亡命するのは、さもありなん、と
納得していたが。


そんな冷たく堅苦しいロシアのイメージは、米原万里のエッセイを読んだら吹き飛んだ。
ロシアは、アネクドートと呼ばれる小咄の宝庫であり、エロトークが当たり前のように
される、実に大らかな民族であることが分かった。

ロシアは今日も荒れ模様 (講談社文庫)

ロシアは今日も荒れ模様 (講談社文庫)

この本には、そんなアネクドートがいろいろ書いてあって面白い。


また、エッセイスト以前はロシア語の同時通訳者だったことから、言葉というもの
に対して非常に俯瞰的なものの見方ができ、それを面白おかしくエッセイにする
手腕は見事だった。

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)

この本には、日本のオヤジがスピーチする際のダジャレを、いかにスムーズに通訳
するかが書かれてあって、おかしい。


また、彼女の食べ物に対するあくなき欲求はすさまじく、うまいもの、まずいもの、
めずらしい食べ物について、あれこれと考える様は、まさしく飢えた獣のようで
あった(←褒め言葉です‥‥)

旅行者の朝食 (文春文庫)

旅行者の朝食 (文春文庫)

この本の表題「旅行者の朝食」は、非常にまずいある食べ物のことを書いてある。
どのくらいまずいのか、ちょっと食べてみたくなるが、もはや販売されてない
らしい。


そもそも、米原万里の生い立ちが変わっていて、父親が共産党の活動家だったため、
10歳から14歳まで、プラハソビエト学校(ロシア語で教育する学校)に通って
いる。いまだとインターナショナルスクールで英語を習わせる親ばかりだろう。
そこで知り合った友達を、ソ連崩壊後の30年後に探し当て会いに行くというノン
フィクションがこれだ。

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

嘘つきアーニャの真っ赤な真実 (角川文庫)

激動の人生をくぐりぬけた同級生の女性たちの物語で、一気に読める。


ちなみに、米原万里の妹は井上ひさしの二度目の妻である。
高校教師をしていたが、食べるのが好きで調理師学校に入り、料理教室を開いた
ほどのグルメだそうだ。
井上ひさしは、毎晩うまいものを食べているに違いない。


週刊文春の書評をしていたので、てっきりガンは治ったのだと思っていたところに
この訃報である。
残念でならない。
謹んで冥福を祈りたい。