打ち切り

マンガの編集者をやっていて辛かったのは、担当している作品の人気が出なくて、打ち切ら
ざるを得ないときだった。


よく、マンガで「あ、来週で打ち切りね」なんて電話で伝える場面があるが、普通はそん
なに軽く言ったりはしない。
出版社に対して、よほど迷惑をかけない限り、作家の方には失礼な態度はとれない。


もう15年ぐらい前になるが、先輩があるマンガの連載を立ち上げた。
一度、読み切りを描いてもらい、そこそこの人気だったので連載にゴーサインが出たのだ。


日本のマンガ制作システムは独特で、編集者がほぼつきっきりで打ち合わせをし、内容を
決める。マンガ家と編集の意見がぶつかって、いい作品ができる(と思う)。


私は先輩のサポート役だったので、打ち合わせでは主導権を持てず、ただ隣で話を聞いて、
ときどき意見を言うぐらいだった。かなり退屈だった。
というのも、フェミニズムと結婚がテーマの話で、何の興味もなかったからだ。


さらにぶっちゃけると、編集長は、そのマンガ家の絵が嫌いだった。
ま、私も正直、下手と言わざるを得ない。
ただし、マンガは絵の上手下手だけで面白さが決まるわけではない。総合的なマンガ力が
秀でていれば、読者は必ず応援してくれるのだ。


マンガ雑誌も商売だから、人気のない作品は消える宿命にある。
読者プレゼントのアンケートハガキに基づいた順位が発表されるが、私たちが担当した
作品は、16作品中11位から13位ぐらいと低迷した。
先輩は編集長とずいぶん話し合って粘ったが、とうとう打ち切りが決定した。


これを告げるのは、私たち担当編集者である。
打ち合わせの日、何も知らずにマンガ家がやってくる。
会社の近所の、ちょっと安めのイタリアンレストランだった。
私たちはアイスコーヒーを、マンガ家はスパゲティを注文した。


そして、残念だがあと5回で連載を終わりにしなけれはならない、と告げた。
残りの回数は、ふつう単行本の収録に合わせて決められる。
マンガの連載が決まるということは、明文化されているわけではないが、その出版社から
単行本を出すということである。
この単行本の印税が、実質マンガ家の収入と言ってもいい。連載中の原稿料は、アシ
スタントの給料や資料などの経費に消えていくのだ。


つまり、連載が終わるということは、収入が途切れることを意味する。
私たちは、マンガ家に対して、あなたは失業しました、と言ったのである。
しばらくは無言だ。
運ばれてきたスパゲティにも手をつけない。
どんどん冷えていく。もったいない。


30分は沈黙していただろうか、ようやくマンガ家が口を開いた。
「前の打ち合わせのときは、面白いって言ったんじゃないの?」
「え‥‥あ、はい。たしかに‥‥」
ここから延々と愚痴である。私たちは黙って聞くしかない。
スパゲティは一口も食べなかった。当たり前か。


事務的な連絡事項を伝えて店を出たときの疲労感たるや、なかなかのものだった。
あと5回は、あのマンガ家に会って打ち合わせをし、単行本を作る作業をしなければ
ならない。そう考えるだけで気が重かった。
(実際は、最後の単行本を出す前に編集者を辞めてしまったので、別の人が作ったのだが)


考えてみると、マンガの連載の終わり方というのも、なかなか難しいものだ。
話が盛り上がって大団円になり、マンガ家も編集者も納得して終わる、というパターンは
よほどうまくいかない限りないのではないか。


ほとんどの場合は人気が出なくて打ち切りになるし、逆に「ドラゴンボール」のように、
マンガ家は終わりにしたいのに、もう少し続けてくれと編集が頼む場合もあるだろう。


大御所のマンガ家が、人気投票で下位になった場合は、かなり難しい話し合いになる。
こういうときは、編集長クラスが出張って、接待をしてからおもむろに切り出すようだ。


やはり前向きに、今回はアレだったけど、また次の連載を立ち上げましょう、と明るく
言えるような編集になりたかったな、と思う。今さら遅いけど。


ちなみに、私が担当していたマンガ家をググッてみると、自分のサイトを立ち上げて
イラストなどを描いているようだ。
私が担当した作品の単行本の通販もしている。
まだ在庫があったのか、と何となく後ろめたい気分になってしまった。