こころ

こころ (新潮文庫)

こころ (新潮文庫)

塾で、女子高生に夏目漱石の「こころ」のあらすじを教えたことがある。
教科書に載っていたか、春休みの課題図書だったか忘れてしまったが、彼女は本を
ほとんど読まない子だったので、とりあえずストーリーだけでも話そうと思ったのだ。

ええと、帝大の学生と先生が海で出合って、仲良くなって先生の家に遊びに行くように
なる。で、奥さんがいるけど、なんかワケがありそうな夫婦だ。
ある日、先生が出かけるので後をつけたら、墓参りをしていた。誰の墓か、と訊ねると
ひどく狼狽した。

ここまで話を進めたが、女子高生は何の興味も示さない。まあ、当たり前だ。
だから、思い切って端折って、先生の手紙の部分(恐らく最も休み明けの試験に出やすい
ところ)の話をした。

先生が学生のころ、下宿には未亡人とそのお嬢さんがいました。
先生は、親友のKという奴が困っていたから、一緒の下宿に住もう、と誘いました。
未亡人は反対したが、子供のころから友だちだったので、無理にKを連れてきてしまうん
ですね。


Kが来てから、お嬢さんとKがだんだん親しくなっているような気がしてきました。
先生はお嬢さんが好きだったのだね。
で、Kは先生に、お嬢さんが好きなんだがどうしよう、という相談をするのです。

(この辺りで女子高生がガッと喰いついてきましたよ)

ここで自分もお嬢さんが好きだ、とは言えなかった先生は悩むのです。
友情と恋の板ばさみですな。
Kとお嬢さんがくっついたらどうしよう、と焦った先生は、とうとうKに対して
「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」
と言ってしまうのですよ。


どういうことかというと、学生なのに勉強もしないで女の子を好きになってもいいの? 
ということかな。普通なら、恋愛の方が大事じゃん、と言えるかもしれないけど、
Kはものすごく真面目な人だったから、この言葉がガツンと効いたんだね。


先生は、Kががっくりしている間に、未亡人と話をつけてしまう。
奥さん、御嬢さんを私に下さい」
「宜ござんす、差し上げましょう」
これで先生は、お嬢さんと結婚できるわけです。やったー。


ただ、先生はお嬢さんと婚約したことを、Kにナイショにしていました。
いつ打ち明けようか、と思って何日かためらっていると、なんと未亡人が先生のいない
時にKに喋ったというじゃありませんか。


先生は、Kに謝ろうかどうしようか、悶々と考えていました。ええい、明日まで待とう。
ところが、その夜、Kは頚動脈を切って自殺したのです。
先生は、取り返しのつかないことをしてしまった、と後悔します。


その後、先生とお嬢さんは約束通り結婚するのですが、先生は後ろめたい気持ちになって
心から結婚生活をエンジョイできないのです。
ずっと、Kを殺したのは自分だ、と自分で自分を責め続けているのです。


‥‥という手紙の最後には、先生が自殺することをほのめかして終わります。

だいたい、こんなお話だけど、どう? と女子高生に聞いたところ、彼女は
「ねぇセンセー。結局、お嬢さんは、どっちが好きやったん?」
と言った。


そうなのだ。この小説では、お嬢さんの気持ちがよく分からない。
いまどきの女子高生だったら、自分が好きな方と付き合うだろう。
あるいは二股をかける。


まして、親の言う通りに結婚するなんてありえない話だ。
彼女の目から見ると、先生とKの関係というのが、よく分からないのかもしれない。
昔はそういう時代だったんだよ、と説明しても、納得したようには見えなかった。


後でテストを見せてもらうと、やはり私が話した部分が出題されていて、だいたい正解
していたのでホッとした。
あの子が夏目漱石を読むのは、たぶん最初で最後だろう。