- 作者:三浦 しをん
- 発売日: 2018/06/22
- メディア: 文庫
思わせる一作だった。
ドラマ化されたようだがテレ東系だったので見ていない。
中谷美紀が佐知を演じていたけど、私のイメージだと安藤サクラか杏
だな。
谷崎潤一郎の「細雪」が元ネタになっていることは、物語がスタート
して早々に明かされるけれど、物語の語り手が誰であるか、驚くべき
しかけがあって楽しい。文庫本の表紙になぜカラスが描いてあるかも
読めばわかる。
あと、アラフォーの女性は水着をどこで買うのか、という別に詳しく
知りたいわけではないが、たしかにどこで買うんだろう、という問題が
提起されていて、水着は若い女性が買い求めるもの、という思い込みが
あったことを恥じたい。
あまり意味はないかもしれないが、この小説をもとに高橋留美子が
マンガ化したら面白いんじゃないか、と思ったりした。
ちょっと怖かったのは次の部分。
つまり、佐知はさびしかった。ほとんど全身全霊をこめて刺繍に
取り組んでいるからこそ、「本当に私の刺繍をわかってもらえて
いるのか」と常に不安だった。ハンカチやブラウスやバッグの
ワンポイントとして、ただ単に「あら、かわいい」ですまされて
しまうのは、佐知にとってときに耐えがたいのであった。その
ワンポイントに、どれだけの時間と思考と情熱を傾けたか、
だれか一人でも想像してくれるひとはいるのだろうか。
むろん、おおかたの場合、佐知は納期にまにあうよう必死に
作品を仕上げ、「気に入ってくれるひとがいるといいな」と
おおらかに構えている。だが、たまに-弱気になったときなど-
叫びたくなる。私は遊びも恋も放擲して、毎日チクチクやっている!
その気力と根性にちっとも気づこうとせず、「あら、かわいい」
「オシャレ」などと気軽に刺繍を消費し、あまつさえ私の刺繍で
身を飾って、街歩きやらデートやらを満喫するのか、おのれらは!
一針一針に我が情念をこめて、おのれらの魂に直接刺繍して
やりたい。おのれらの魂から噴きだす血潮で白糸を朱に染め、
ものすごくリアルな髑髏を刺繍してやりたい! (p202-203)
刺繍作家の叫びとして書いているが、小説家の叫びでもあろう。
なんか、単に「面白かった」と言うのがはばかられる。
苦労をしのびつつ読もう。