この人と会うのはこれで最後だろうな、と確信するときは、相手か自分が死地に
赴くときだろう。
戦争とか病床にあるとか、特殊な状況でなければ、そう思うことはない。
普通の状態で、ある人と断絶した場合は、考えてみるとあの時が最後だったんだな、
と事後的にしか知ることができない。
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世の中が便利になって、直接会うことはないが、メールをやりとりする関係の場合、
断絶はどのように起こるのだろう。
おそらく、どちらかからの返信がぷっつりとなくなるときではなかろうか。
若者が病的に相手と連絡を続けたがるのは、この喪失感に耐えられないと思って
いるからのような気がする。
だが、耐えようと思えば耐えられるし、それが日常になればどうということはない。
テレビのない生活をするようなものである。
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むしろ、あらゆる人に対して、これで最後であろうな、と思って接する方がいいの
ではないか。
これは一期一会のような、そのときできることをしておこうという意味ではなく、
もっとネガティブな感情である。
もっと年をとったら、自然にそうなるのかもしれないが、中年のうちから断絶に
慣れておくのもいいことではなかろうか、と思う。