Boaz2015-03-13

職人と呼ばれる人は、たぶん現在でも徒弟制度で育っているはずだ。
なんで急にそんな話をしようと思ったかというと、とあるアニメーター
のブログを読んだからだ。


フリーのアニメーターは、制作から依頼されて原画を描いたり作画監督
やったりする。
その仕事の受け方、選び方のありようが、まさに職人的に思えたのだ。


で、アニメーターとして独り立ちするまでには、何らかの師弟関係の
中で修行するのではないか、と思われる。
独学で巨匠になった人もいるかもしれないが、そういう天才は一握り
だろう。


学者も徒弟制度があるように見える。
ある教授の研究室に所属したら、師弟関係が学問と同じぐらい大事に
なるみたいだ。
そこでの人間関係がうまくいかなくなると、学者としての出世も危うく
なる。



徒弟制度は、近代になじまないものなのだろうか。
誰もがオープンに技術を学べるようにするのが、近代化というもの
かもしれない。


なんとなく米国がそういう感じで、師匠の代わりにマニュアルが
発達している、という印象だ。
(だが、実際は職人の世界があるような気もする)


逆に、欧州は基本的に徒弟制度がしっかり残っており、ドイツや
イタリアで職人になろうと思ったら、まず師匠に弟子入りしなけ
ればならないのではないか。



では、一般の企業はどうか。
先輩からのノウハウを学ぶことはあっても、徒弟制度という感じでは
ない。研修という形に変化していると思う。


で、この研修も外部委託してコストを引き下げようとしているのでは
なかろうか。


そうすると、企業に存在する無形のノウハウというか蓄積は、いつの
間にか消えていくことになる。


人をコストとみなすと、最終的には取替え可能な部品として扱うように
なり、企業の長期的な生命力は損なわれるのではないだろうか。



徒弟制度のような、ある意味で濃密な教育が、2000年代前後に行われなく
なり、それが様々な場面で組織の硬直化をもたらしているのではないか。


私は自民党の内部でも、同様のことがあったのではないかと思っている。