ロシア文学の食卓

ロシア文学の食卓 (NHKブックス)

ロシア文学の食卓 (NHKブックス)

新潮文庫アンナ・カレーニナ」(木村浩 訳)中巻 p35 に

(……)老人は、茶碗の中にパンを粉々にして入れ、それをさじでかきまぜ、
ブリキ罐の水をついで、さらにまたパンを砕いて入れ、塩をふりかけたあと、
東のほうへ向いてお祈りをはじめた。
「さあ、だんな、わしのパン汁をひとつ」
パン汁があまりにうまかったので、リョービンはわが家へ食事に帰るのを
やめてしまった。

とある。


貴族であるリョービンが、自分の領地の農民と草刈りをして、彼らと
昼食をとる場面である。


パン汁とはどういうものか、という疑問がずっとあった。
トルストイは晩年、菜食主義者になったぐらいだから、美食は悪徳だと
考えている。
うまいと書いてあるが、どう考えてもうまそうに思えない。


そこで、長いこと積読中だった「ロシア文学の食卓」を読んでみた。
どうやらパン汁とは“тюря”(チューリャ)というものらしい。

 クワスは清涼飲料として飲むだけでなく、スープの材料になることも
いい添えておこう。古くは農民の常食でもあった「тюряチューリャ」
というスープがあるが、これは細かく砕いたパンをクワスまたは塩水に
浸しタマネギを加えて作るごく素朴なものだし、現在でもロシア人の
好物である「オクローシカ」はクワスをベースにした冷たいスープだ。
キュウリやタマネギ、ハムや卵など好きなものを小さな賽の目に切って
混ぜたところにクワスを加えるだけでできあがるという簡単なものなので、
夏のダーチャの料理として人気がある。(p 210)

なるほど。


ちなみに“тюря”を画像検索してみたが、やっぱりおいしそうに
は見えなかった。残念。



文学に登場する料理がどんなものかを紹介して、ロシアの文化をより
深く知ることができる、なんとも面白い本である。


多くの日本人はふだんあまりロシア料理を食べないと思われるので、
こうした本はありがたい。
ほかの専門家も、文学×料理の本を書いてくれないものだろうか。


本書は、レストランのメニュー仕立てになっており、前菜からデザート
まで、コース料理をいただくように読める洒落た構成になっている。
そして、ロシア文学で料理が登場する部分を紹介して、どういう文脈で
使われているかを解説して、お腹をすかせてくれる。



本格的なロシア料理を最後に食べたのは、もう18年前だ。
神田神保町の「ろしあ亭」だった。会計をしたとき、ふたりで7777円
だったのを今でも憶えている。


なにもかも、みな懐かしい……