字幕

最近は外国の映画を吹替えで見る若者が増えたらしい。
塾の中学生たちも、洋画を見るときは吹替えじゃないと分からないという。
字幕を読む能力がなくなってきつつあるらしい。


ハリウッド映画は、英語圏の人はそのまま見ることができるが、ヨーロッパでは各国語に
吹替えられて上映するのが普通だ。
逆に、英語圏の人が外国の映画を見る場合も、たいていは吹替えのことが多い。


一方、香港やシンガポール、台湾などでは、字幕上映をしていた。
マレーシアで香港映画を見たことがあるが、もともとの言葉は広東語で、そこに北京語・
マレー語・英語の字幕が入り、画面の下三分の一がずっと字幕だったのを見て笑ってし
まった。


おそらく、漢字文化圏の人は、脳で字幕を処理しやすいけれど、アルファベット文化圏の
人は処理しにくいのだろう。
これはどちらが優れているということではなく、脳内の機能の問題だと思う。


では、日本の若者が字幕の入った映画を見なくなったのはなぜか? 
それは脳内の処理が漢字・ひらがなの複合体から、ひらがな・カタカナ主体に変わったか
らだろう。
つまり、漢字の読み書き能力が極端に落ちた人は、吹替えの映画しか楽しめないのではな
いか。


これは、最近マンガの読み方が分からなくなった若者が出現したことでも傍証できる。
そういう人は、おそらく世の中を漢字・かながミックスしたものではなく、アルファベティ
カルなものとして見ているのではなかろうか。


何度も言うが、これはどちらがいいという話ではない。
吹替えが好きでマンガが読めない若者は、耳で聞いたことを処理する力が優れているとも
いえるから、外国語を上手に喋れたり、すばらしい音楽を作ることができるかもしれない、
とフォローしておく。


私は外国映画を字幕でしか見たくないが、ジャッキー・チェン石丸博也刑事コロンボ
小池朝雄のような素晴らしい吹替えが、テレビ放映の映画でひとつの文化を作ったこと
は特筆すべきことだと思う。