NHKのBS2でやっている松本人志のドキュメンタリーを見た。
映画「大日本人」のプロモーションがらみだろう。
これまで述べてきたものの再確認みたいな感じだったが、総集編みたいでよかった。
彼のつくった映画がどのように評価されているのか分からないけれど、この番組や「ゲツヨル!」の
特番みたいに、一方的な賛美だけなのも不自然だろう。
カンヌまでついて行っているのだから、映画「大日本人」に対して否定的な意見だってあったはずで、
それを一切放送しないのはフェアでないのではなかろうか。
私が面白かったのは、放送作家の高須光聖と一緒に、現在の尼崎を写したビデオを見ているところだ
った。彼ら(と浜田雅功)は同じ小中学校に通っていた仲で、「放送室」というラジオ番組でも過去
のディティールを繰り返し語っている。
時にはリスナーを置いてきぼりにするほど、ふたりの懐かし話に花を咲かせることもある。
普通の人は、小中学校のころのことを、どのくらい細かく憶えているのだろうか。
私はほとんど断片的な記憶しかない。
だが、彼らは本当に細かいことまでしっかりと記憶しており、その生活感のディティールをベースに
したコントを数多く発表している。
おそらく、ダウンタウンや高須たちは、お互いに過去を補完しあってきたのだろう。
個人の記憶では限界があるが、三人集まればより正確なデータベースができる。
そこから一部を取り出してアレンジすれば、いくらでも笑いが作れるのではなかろうか。
では、なぜ昭和40年代後半から50年代前半の尼崎という、非常に限定された時空のデータベースが、
多くの人の共感を生むのか。
そこに普遍的なものがあるからだろう。この場合、高度成長期にみんなが豊かになってという幻想が
作用していると思う。
(映画「三丁目の夕日」は、そのあたりをうまくヒットに結び付けていた)
もうひとり過去の記憶にこだわる芸人にビートたけしがいるが、松本人志と同様に映画を撮っている
のが興味深い。
他に、自分の少年時代のことを繰り返し語っている芸人はいるのだろうか?
島田紳助はヤンキー時代のことをネタに漫才を作ったり映画を撮っていたりしていたが、あまり固執
していないように見える。
とんねるずの石橋貴明は、よく帝京高校野球部や東武東上線をネタにしており、相方の木梨憲武と
高校時代のネタを作っていたみたいだが、その後、彼らの興味はテレビ業界にシフトしていった気が
する。
ウンナンはそういうのがないようだ。
また、「アメトーーク」で、花の昭和47年組芸人という企画があり、昭和47年生まれの芸人たちが過去
のディティールを語り合うシステムで、それなりに面白かった。
しかし、同じ地域出身ではなかったため思い出にズレがあったため、単なる“あるあるネタ”トークの
ような印象だった。
だから何なのか?
中学生のときのできごとを大人になって語れるのは、ひとつの才能だ、ということが言いたかった。
普通は封印したり忘却するものだから。