ハッピーホリデー? 

いまグーグルのロゴが特別に飾られていて、クリックすると“Holiday Doodle”というページに
飛ぶ。
そんで、英語・フランス語・広東語・韓国語・スペイン語・北京語・ドイツ語・イタリア語・
日本語で「ハッピーホリデー」という意味の言葉が書かれてあり、グーグルのロゴが一日ごと
に変化していくのが表示される。


「ハッピーホリデー」って何じゃ? と思っていたら、12月22日付けの読売新聞に次のような
記事を見つけた。

英 過剰反応に苦言


 英国のゴードン・ブラウン財務相は、政府が支援する各地の学童前保育活動で、クリスマス
行事を「冬祭り」と呼びかえる例が増えていることを指し、「『クリスマス』を祝うのが正し
い」と苦言を呈した。イスラム教などキリスト教以外の信徒への配慮から、表現に気を使う傾
向が強まる中で、過剰反応が広がる風潮に問題提起したものだ。


 財務相は「属する宗教は様々でも、英国の子ども達は『クリスマス』を楽しみにしている」
と述べ、英国の風習を大切にすべきだと強調した。また、ジョン・リード内相も「『クリスマ
ス』を『クリスマス』と呼べなくするような『ポリティカル・コレクトネス(政治的公正)』
にはうんざりだ」と発言、話題となった。(中略)


 ただ、英国では「ポリティカル・コレクトネス」の意識が米国のように浸透している訳では
ない。米憲法が「政教分離」をうたっているのに対し、「国王(女王)」が「信仰の擁護者」
の役割を担ってきたという国柄の違いがある。


 首相官邸前には、例年通りクリスマスツリーが飾られ、ブレア首相のクリスマスカードにも
「クリスマスと新年にあたり、ご多幸をお祈りします」と書かれている。


米 「メリークリスマス」復活


 米国ではここ数年、公共の場でクリスマスの飾り付けを控えたり、ツリーの設置を避けたり
するなど、宗教色を排する動きが広がった。しかし、こうした傾向にキリスト教右派ら保守勢
力の反発は大きく、様々な巻き返しに出ている。(中略)


 米小売り最大手ウォルマートは昨年、従業員に対し、年末の買い物客には宗教色を消して
ハッピー・ホリデーズ」と声をかけるように指示した。しかし、保守派が不買運動を展開。
これに懲りたのか、ウォルマートは今年、従来の「メリークリスマス」を復活させた。


米国人のポリティカル・コレクトネスってのは、中二病か? 


私はキリスト教徒ではないし、クリスマスにはいいことなど何一つなかったけれど、別に「メリー
クリスマス」と言われたからといってムカついたりしない。
言葉を言葉どおりとらえたってしょうがないだろう、と思うし、そんなことをしてギスギスする
ぐらいなら、多少ルーズな方がよろしい。
ほれ、何て言ったかな「水きよければ、魚すまず」ですよ。


万が一、他の宗教の人で「メリークリスマス」と言われて深く傷ついたという方がいれば、よく
話を聞かなければならないが、だからといって言葉狩りをしていいわけではなかろう。
トルコ人が「トルコ風呂」という呼び方をやめてくれと言って「ソープランド」になった例はある
が、「メリークリスマス」は何もやましいことを呼称しているわけではない。


日本では、こんなアホなことにならず、「メリークリスマス」と言い続けている。
なぜなら、最初から宗教色がないからである。
日本のクリスマスは、子どもにとってはプレゼントがもらえたりケーキが食べられたりする楽しい
日であり、カップルにとってはセックスをする性なる日なのだ。
キリスト教の祝日が変容して、世界中で定着したと考えればいい。

 
グーグルも腰が引けたようなことをせずに、堂々とメリークリスマスと祝えばいいではないか。
そもそも、この時期に特別なロゴにすること自体、クリスマスと無関係とは言えまい。
違うというなら、いったい何のお祝いなのかハッキリしてもらいたいものだよ。




そういや、どの映画だったか思い出せないが(たぶんビング・クロスビー主演の「我が道を往く」
だったかなぁ?)、裁判のときに、牧師が証言する場面があった。
彼はキリスト教の聖書に手を置いて、真実だけを言うことを誓う、と宣誓させられるが、主人公を
救うために真実を言わなかった。
その後、主人公が「聖書に誓ったのでは?」とたずねると、牧師はニヤリと笑ってカバーを外し、
それがただの小説だったことを明かすのだった。


こういう粋な話は、ポリティカル・コレクトネスな人には受け入れられないのかもしれない。
そもそも、いまの米国ではキリスト教の聖書を手に宣誓しているのだろうか? 


本文と写真はまったく関係ありません

从*^ー^)<プレゼントはえりの誕生日の分とクリスマスの分の2個だからね!
从*・ 。.・)<えーっ? 2個は欲張りすぎなの