弁当のおかず

高校のとき、友だちのSといつもお昼を食べていた。
ある日、彼の弁当のおかずが毎日同じだと気がついた。


わけを聞くと、Sの母親はメニューを考えるのが面倒くさいから、だそうだ。
そのときは、別に何とも思わなかったが、自分で晩飯などを作るようになると、献立を
考えるのは確かに面倒くさいことが分かった。


一人暮らしなら、自分の食べたいものだけを食べてもいいのだが、そのうち飽きる。
かといって、晩飯にそうそう時間もかけていられない。
前にも書いたが、私は口が驕っている方ではなかったので、カレー→野菜炒め→麻婆豆腐
→スパゲティ→コロッケなどというローテーションで回していたらよかった。
ときどき外でラーメンを食べてもいいし。


しかし、もし主婦の立場で、夫や子供にちゃんと食事を出さなければならない場合は
話が違ってくるだろう。
栄養のバランスと家計を考えねばならぬし、いつも凝ったものを作るわけにもいかない。
かといって冷凍食品ばかりでも沽券にかかわるだろう。


だが、(Sの家庭の晩飯事情は分からないが)Sの母親は弁当に関しては主婦のプライドを
放棄したのである。天晴れだ。
そういえば、Sの家に遊びに行って、夜遅くなったとき、必ず牛丼を買ってきて出して
くれたっけ。ありがたかったが、これも牛丼というメニューは固定されていたな。←失礼だぞ


ともかく、Sはいつも同じおかずにうんざりしていた。
詳細な内容は忘れてしまったが、弁当には必ず揚げ餃子が2つ入っていた。
私は餃子が大好物だったので、自分の弁当のおかずと交換することを申し出た。
Sは一も二もなくうなずいた。原始経済の始まりである。


ある日、私は新聞の切り抜きを持ってきた。
Sはさだまさしのファンで、切り抜きは新聞に連載されているさだまさしのエッセー
だった。Sの家では、その新聞をとってなかったので喜んだ。


しかし、私は悪知恵を働かせた。
新聞の切り抜きひとつに対して、餃子ひとつを要求したのである。
Sはしぶしぶこの不当な交換に応じた。私は、自分の弁当のおかずが減ることなく、
餃子を一つゲットすることに成功したのだ。


私は、さらに悪意を持った。
何日か切り抜きをためておいて、一度に2枚渡すことにしたのである。
切り抜きひとつに対して、餃子ひとつ、というレートだったので、Sの弁当の
おかずから餃子が二つ消えた。これはダメージが大きかった。
Sは腹を立てて、もう取引はやめようと言い出した。


私はあわてて、一日一枚にするから、と食い下がった。
いま思うと、なんでそんなに揚げ餃子が欲しかったのか分からないのだが、Sから
何かを奪うことに快感を得ていたのだろう。申し訳ない。


そんな日々も、さだまさしのエッセーの連載が終了したときに終わった。
もはや、私の弁当のおかずとSの餃子を交換することもなくなり、私たちは淡々と
昼飯をかき込むのであった。


不思議なことに、Sは毎日同じおかずを、実に美味しそうに食べる。
「お前の嫁さんになる人は幸せだな」
とからかったものだ。


その10年後、Sは結婚した。
Sの奥さんは幸せに違いない。


本文と写真はまったく関係ありません

川o・-・)<んーっ、おいしいー♡