嫌われ松子の一生

とても面白かったです。
ネタバレのためたたみます。
物語は、父親に愛されなかったと思い込んでいた中学教師が、生徒の嘘がきっかけで
どんどん転落していく、というものだ。
この転落っぷりが凄まじく、まともに描くと重苦しくて気分がじっとりしてしまう。


それを救っているのが、数々のミュージカル・ナンバーだ。
(タイトルと THE END のロゴで分かるように、この映画は基本的に
ミュージカルなのである。しかも極上の)

絶縁された兄に嘘をついて借金をするナンバー、愛人を待つウキウキした水曜日を唄う
ナンバー、ソープ嬢(作品中ではトルコ嬢)になって荒稼ぎするナンバー、刑務所で
愛に目覚めるナンバー、と名作が目白押しである。


また、画面の枠にほとんど花がある。
これは少女マンガの手法で、まさか映画で完全にその雰囲気を再現できるとは
思わなかった。
つまり、ミュージカル+往年の少女マンガというフレームで、悲惨な物語を回想する
という趣向である。


前に「下妻物語」をテレビで見たときにも書いたのだが、今回もキャスティングに
一切ブレがない。
普通、芸能事務所は、うちの役者を使うんだったら、もう一人出してよ、とバーター
を持ちかけるものだが、そういった不自然な配役は一切なかった。
伊丹十三は、理想のキャスティングができれば、その映画は完成したも同然だ、と
語っているが、「嫌われ松子の一生」もその例に漏れない。


中島監督のキャスティングは、本人のイメージもあるだろうが、多くの観客が
この役者ならこういう役であろう、と思っているイメージを、忠実に(悪く言えば
ベタに)スクリーンで見せてくれる。


それは、観客に対して余計な説明が要らないということだ。
もうひとつ、分かりやすい配役の奥にある膨大な物語を、観客が想像しやすいという
メリットがある。


例を挙げよう。
映画の中で、松子(中谷美紀)が刑務所に入る話がある。
そのとき、女囚の中に土屋アンナ山田花子がいるが、何の説明もない。
だが、観客は、なぜ彼女たちが罪を犯して刑務所に入るようになったか、というストー
リーを、言葉にならないかたちで想像できてしまうのだ。


なぜか? 
囚人服を着て暴れる土屋アンナや、家族の写真を見て涙ぐむ山田花子は、観客を
裏切らないからである。
そういう役をやるであろう、というイメージをなぞることで、観客は、役と役を
演ずる人間のギャップを全く感じることなく、劇中のキャラクターに没入できる
のだ。


それは、体育教師役の谷原章介にしても、理容師役の荒川良々にしても、みんな
そうである。
まして、片平なぎさは、「二時間ドラマでよく演じる片平なぎさ」という役を演じて
いるわけで、見ている人は思わず笑ってしまう仕掛けになっている。
見事というほかない。


晩年、松子はとうとう心が折れてしまい、引きこもりになる。
(ささいな点で、原作には書いてあるかもしれないのだが、引きこもっているときの
生活費は、どうやって工面していたのか、説明してほしかった)

そのとき、なぜか彼女はアイドルの光ゲンジにハマッてしまう。
一方、松子を棄てた男は、刑務所でキリスト教に目覚める。
この対比は何なのだろう。


つまり、どん底まで堕ちた人間が救いを求めたとき、ふつう宗教にすがる
と思うのだが、平成の日本ではアイドルも可、ということだろうか? 
松子は長い長いファンレターを書き上げて送るのだが、当然返事はない。
それは、神に祈っても返事がないのと同じことなのだろうか? 
(まあ、アイドルはいつか解散してしまうけど、神はずっといるから違うのかも)


私は、なぜか最後の方で、遠藤周作の作品を思い浮かべた。
たとえば

わたしが棄てた女 (講談社文庫)

わたしが棄てた女 (講談社文庫)

だったり、
沈黙 (新潮文庫)

沈黙 (新潮文庫)

であったり
おバカさん (角川文庫)

おバカさん (角川文庫)

であったり‥‥


神はなぜ人間に試練を与えるか、という重い問いかけをしてるのかもしれない。
そして、彼女ほど波乱万丈ではないけれど、私も松子のように誰にも愛され
なかった人間だったな、と思う。
今はこうしてブログなんぞ書いているが、彼女のように死ぬ可能性も大きいのだ。
がんばれ、俺w


ただ、ちょっと気になったところもある。
ミュージカルとしては、全編をオリジナルナンバーでやってほしかった。
できれば、エンドロールのときに、全員が唄って踊るサービスがあれば、この
作品は古典になっただろうと思う。


それと、晩年の松子のメイクだ。
ありえないほど太って、ゴミ屋敷に住んでいる50代の女にしては、顔が美しすぎた。
中谷美紀の原型をとどめないほどいじってもよかったのではないか。
その方が、ラストの階段を上るシーンの美しさが際立つと思うのだが‥‥


いろいろ書いたが、邦画の中でも当たりだと思うので、是非ご覧下さいませ。


本文と写真はまったく関係ありません

幸うす江です‥‥)