無名くん

藤子不二雄Aの「無名くん」という作品がある。


ふだんは冴えない平社員の青年が、実は大金持ちであり、同僚の危機(金銭トラブル等)に
カツラとサングラスで変装して現れ、スマートに解決してくれる、というマンガだ。
私は、小学生のときにこれを読んで、なぜかあこがれてしまった。


それは、単に変身ヒーローものというパターンにはまっていたにすぎなかったのだが、
オッサンになって思い返してみると、その時代が持っていたパワーに浮かれていたの
かもしれない。


とにかく、マンガではサラリーマンがまっすぐ家に帰らない。
毎晩スナックに行ったり、麻雀をしたりする。残業もあんまりないようだ。
まあ、帰ってもあんまり楽しいことがなかったのかもしれない。


私には何が楽しかったのか分からないのだが、こうした濃密な人間関係があったからこそ、
むやみに世相が元気だったに違いない。
人口もどんどん増えていたし。


小津安二郎の「東京物語」に、老夫婦が熱海へ行く場面がある。
大きな温泉旅館に泊まるのだが、宴会がうるさくて眠れない。
困りながらも我慢してしまう、いま見るとちょっと泣いてしまいそうなシーンだ。


「無名くん」の連載は、「東京物語」より10年以上後だが、恐らく、日本中がこのような
野蛮なパワーに満ち溢れていたのだろう。
バブルの崩壊と長引く不況で、その力は衰えてしまった。


私は、落ち着いた時代になってよかったと思う。
いつまでも若いままというのは、異常である。
戦後日本の青年期は、90年代に終わったのだろうね。